「ファンアートを本人に送るのって迷惑?」似顔絵描きが考えてみた。

「ファンアートって、ご本人に額装して贈ったりネット上でリプで送ったりしたら迷惑かな? 非常識な行為だと思われてしまうかな?」

と悩んでいる人向け【こんな理由で喜ばれることもあるかも&こんな理由で困らせる場合もあるかも】ということを、似顔絵描きの立場からまとめてみた。

私は三次元にも推しがいて、SNSで推しのファンアートを見るのも好き。

ときどき耳に入ってくるのが「ファンアートって本人はどう思ってるんだろうね」「自分の顔を描かれて嬉しい人ばかりじゃないのでは?」「絵描きの自己満足の押し付けでは?」みたいな、疑問や不安の声だ。

「ファンアートを額装して本人にプレゼントしたいけど、これって迷惑かな?」と悩む声もちょくちょく目にする。

答えはこれしかない。

「もらった人による」。

ではあるんだけど、

この記事では、仕事で似顔絵を描く機会があった自分の経験上【こんな理由で喜ばれることもあるかも&こんな理由で困らせる場合もあるかも】ということについて書いている。

「ファンアートを本人に送るのって迷惑?」似顔絵描きが考えてみた。

アナログイラストを紙で(あるいは額装などして)送る場合

「アナログで描いて額装して贈りたい」とかの場合にもっとも気になるのが、

"描いてもらった人は、その絵をどうするのか? 飾ってくれるのかな? ジャマになったりしちゃわないかな?"

ということなんじゃないかと思う。

自分は似顔絵の仕事をしていた時期があり、描く機会が多かったものの一つがウェルカムボード。

家に置いておくとけっこうな存在感があるし、式が終わった後の処遇が気になるところ。

ファンアートにちょっと似ている立場のモノ(かもしれない)ので、参考になる部分があれば参考にしてみてください。

「保管場所を圧迫して困ってしまう」

私はシンプルな絵柄をセールスポイントにしているので、依頼主さんもそういう好みのかたが多かった。

「美化して描かれた『いかにもウェルカムボード!』って感じの絵だと、飾るにはちょっと恥ずかしくて……式のあと置き場所に困りそうで悩んでいます」

「しまい込むんじゃなくて、のちのち部屋に飾れるようなシンプルなウェルカムボードをお願いしたいです」

描かれるがわの本音としては、

思い出として大事にはしたいけど、物理的に置き場所に困る、部屋に飾れるかどうかもデザインによる。

(こういった感覚のかたもいる、ということです。)

「似顔絵は捨てにくくて……」

似顔絵の仕事をしていたからか「昔描いてもらった似顔絵があるんだけど、どうしたらいいかと思って。自分の顔を描いてもらっている絵を捨てるのって抵抗があって、描いてくれたかたにも申し訳ないし、どうしたものでしょう」というお悩みもよく聞いた。

「描いてもらって、それを喜んだなら、処分してもいいと思いますよ。お花をもらったときってその瞬間の喜びがピークで、そのあと飾って喜びをかみしめて、しばらく楽しんだら処分するでしょう? お花と同じ感覚でいいんですよ」

と、私は申し上げることにしていた。

んだけど、割り切れるかたばかりではないみたい。

処分することに強く申し訳なさを感じてしまい、それがストレスになるという人もいるだろう。

困っても大丈夫な場合もある

あと、置き場所に困っても大丈夫な例外もある。

贈る相手に、自宅以外の事務所なり仕事場なりがあって置き場所が確保されている場合。

事務所に所属している俳優やアイドル、売れっ子のYouTuberなら、プレゼントの保管スペースがある人も多い。

少なくとも"ファンにもらったファンアートがクローゼットにあって、掃除機出すたびに目が合う。気になる。あ〜"ということはないということ。

昔スーパーアイドルだったかたにお会いする機会があり「すみません、トチ狂って額装したファンアートを送ったことがあって……あとから正気を取り戻してハッとしたんですけど、ああいうのって困りますよね」と謝ったところ「ぜんぜん! 事務所に全部、大事に保管してありますよ!」とさわやかに答えていただいたことがあった。

どう考えても全部保管は無理だろうしテンプレのやさしいウソなんだろうとは思うけど、とにかく"ご本人の生活のジャマにはなっていなかった"と分かって心底ホッとしたことがある。

ネット上で、デジタルで送る場合

SNSに公式のファンアートタグがあるケースも

デジタルの場合はもっと話は簡単になる。

デジタルであれば、なにせかさばらない。

SNSに公式のファンアート用ハッシュタグがあればそれをつけてアップすれば、ご本人の目にとめてもらえることもあるかもしれない。

VtuberやTRPG界隈など、自分のファンアート用ハッシュタグを作っている人も多く見かける。

※本人のアカウントにリプで画像を送る、とか画像にタグ付けする、ということの是非はご本人のSNSの使い方にもよるので一概には言えない。

※あと「#ご本人のフルネーム」みたいなハッシュタグも"自分は"使わない。公式の情報を求めてタグ検索している人の邪魔になってイラッとされたくないし、「他人が描いた推しの似顔絵見るの生理的に無理」という人もいるからだ。

※リプで送られるとメンション欄が煩雑になるから、という理由でハッシュタグを作っているかたもいるんだと思う。優先して反応しなければならない重要なリプもあるわけなので。

コンテンツの盛り上がりを示すことができる

公式のファンアートタグがある場合、そこにたくさん画像がアップされることでコンテンツの盛り上がりを示すこともできる。

俳優やアイドル、YouTuberなどのフォロワー数やいいね数はファンの多さの指標になりうるし、公式のハッシュタグが盛り上がることも同じ効果があるんじゃないかと思う。

ご本人がせっせとRTしてくれるのは、「ファンアートを描いてもらえて嬉しい!」という気持ちももちろんあるだろうし、「私というコンテンツ、盛り上がってますよ!」というアピールのためでもあるだろう。

ファンにしてみれば、どちらの理由にせよ喜ばしいんじゃないだろうか。むしろ「コンテンツの盛り上がりのアピールにもなって、さらに喜んでもらえるなら一石二鳥」と言えるかも。

自分が「意義深いファンアートだな」と感じたケース

私が「おおー! これは絵にしないと伝わらない、絵にする意義を感じるファンアートだな」と感じたことがある。

ある俳優さんが長丁場の舞台に出ていて、それを全通したファンが「○日のこの表情がすてきでした」「△日はここの表現が変えられていてグッときました」という感想を絵にして、ご本人に贈っていたものだ。(送る前に見せてもらった。)

表情の違いや身振りの演出の違いなど、絵にしたほうが伝わりやすいことってある。

「これなら舞台を観て感じたことが相手にしっかり伝わりそう。絵にする意味をはっきり感じるファンレターだな」と私は思ったのでした。

ご本人にしてみれば、自分では自分の舞台を観られないわけだし。長丁場の記録でもあると思うし。

「絵を描いてもらってうれしい」以上の何かがあるファンアートなのではないだろうか。

おいそれと誰にでも描けるものではないけれど。

ファンアートを「ファンレターの追加要素」と考えてみる

例えば、「ファンレターを送ったら迷惑かも……」と感じる人は少ないと思うのだけど、どうだろう。

ではなぜ「ファンアートを送るのは迷惑かも……」とためらってしまうのだろうか。

どこかで「得意なことで人より目立って、推しに目を留めてもらおうとしてる……こんなの不純だよな」とか「ファンアートにかこつけて絵を描いて、それを本人に見てもらおうなんて、押し付けがましいよな」みたいな"やましさ"を勝手に感じてしまっているんじゃないだろうか?

(全然違うよ! という人もいると思うので、そういう場合はスルーしてください)

だったら、ファンアートをファンレターの追加要素だと考えてみるのはどうだろう。

例えば上に挙げた全通舞台感想アートのように、絵の力も借りないと伝えきれないファンレターってあると思う。

自分が感じたことを記録し、伝えるために、どうしてもそこに絵が必要だったから描いたわけで。

また、逆に、「自分が推しに絵を見てもらいたくて描いた」というだけならそれはファンレターではないだろう。「せんせいあのね」だ。

※だからってもちろん「そういうファンアートは送っちゃダメ」というわけではない。

「ファンアートを送ったら迷惑?」と悩んだら、「これはファンレターなのかどうか、だったら何を伝えようとしているのか」と考えてみることで、気持ちに整理がつくんじゃないかと思うのだけど、どうでしょう。

上手さを見せつける手段ではない

上の考え方でいくと、「私は絵が下手だから、贈ったら迷惑かも……」みたいに、上手い下手にこだわることは筋違いなんじゃないかなと思う。

ファンアートは上手さを見せつける手段ではないのだし。

同時に「ファンアート描いたよ! 私は絵が上手いでしょう? ご本人様見て見て」という気持ちも、同じく筋違いなんだと思う。

見返りを求めない

あと、絵を描くのってとても時間や労力がかかることだけど、喜んでもらえるかどうかは別の話。

そもそも自分の絵を描かれてうれしい人もいるけど、そうでない人もいる。

ハッシュタグを巡回してRTやいいねをしてくれる人もいるけど、反応しない人もいる。

何日もかけて描いても、見てもらえたかどうかすら分からないことも多い。

「こんなに時間をかけたのに、何もお礼を言ってくれない」みたいに感じてしまうのだとしたら、お互いにとってしんどいことだと思う。(こちらも求める見返りがなくてしんどい、先方もネガティブな気持ちを向けられてしんどい)

自分がもらって嬉しいと感じるものを贈るしかない

ファンアートを贈られて嬉しいかどうかは人による。

反応するかしないかも人による。

人の気持ちは分からない。

だったら、"自分がもらって嬉しいと感じるもの"を贈るしかないんだと思います。

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