【沼を抜けてしまった】二次創作に飽きたり罪悪感を抱いてしまうときの話

二次創作に飽きてしまって、二次創作することに罪悪感を抱いてしまうようになった。こんなこと、大っぴらにやっていいんだろうか……?

と二次創作に迷いが生じている人向け【何かに夢中になっているときは、ある意味正常な判断ができなくなっている。今は正常な判断ができるようになっただけなのではないか】という記事。

自分も20年以上のオタク歴の中いろいろなジャンルを通ってきて、「熱が冷める」という経験も何度かしてきた。我に返って冷静になってしまい、「こんなことを嬉々として描いてきたけど、人目に触れさせるなんて許されるのか……?」と不安感や罪悪感を抱いたこともあった。

そしてオタクの本当におそろしいところは、別のジャンルにはまってはまたそれを繰り返してきたということ……。

「オタクは業が深い」で済まさずに、ちょっとこのメカニズムについて理屈で考えてみた話。

(※オタクという呼称は便宜上のものです。)

こちらは「飽きてしまって描けないことがつらい」というときの話です

何かに夢中でハマっているときは、正常な判断ができなくなっている

「恋は盲目」という言葉があるけど、何かに夢中になると思考に霧がかかったようになって正常な判断ができなくなる。それは脳内物質やホルモンによるもので、多かれ少なかれ人はみんなそうなってしまう。

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これだけ脳内物質が出てれば、そりゃあおかしくなるよな……

私たちにとっては対象が作品だったりキャラクターだったりするだけの話で、「恋は盲目」状態になることは全くもって人として普通のことなんだと思う。

何かの作品にハマって、たとえばアドレナリンが出ればハアハアドキドキし、ドーパミンが出れば「サビだから何度でも読みたい」になるし、セロトニンが出ればいつも推しのことを考えて「しんどい」になってしまうし、テストステロンが出れば「推しがかわいい、守りたいその笑顔」になる。(脳内物質についての表現はざっくりです)

それを昇華する方法として二次創作をする人もいれば、グッズを買う人もいれば、劇場に何度も足を運ぶ人もいる。全部やる人もいる。ときに周りが見えずに、暴走して問題を起こす人もいる。

そりゃあこんな多種多様な脳内物質がドバドバ出ていれば、たいていのことはやってのけてしまうよな……。

それが冷めるんだから、そりゃあ虚無になるよな……

ジャンルに冷めるとこれがピタリと止まるわけだから、ブーストの効き目が切れてその瞬間ぐったりと崩れ落ちてもおかしくないよな……。

「ハッ、私ったら今まで何を……!?」と急に恥ずかしくなったり、使った金額がおそろしくなったり、たまらなく寂しくなったり、ひとさまのキャラを使って創作してきたことに対して罪悪感を抱いたり……ということが自分もあった。

冷静になると、今まで「自分だけど自分でないもの」がやってきたことに対して落ち着かない気持ちになってしまうのも無理はない。

人によっては不安が強くなったり、虚無になったり、心身のバランスを崩したりもするかもしれない。

それでも人は繰り返し、そしてたまに懲りたりする

でもむしろ、二次創作もグッズ爆買いも全通もしないのが「通常の判断をしている状態」だとも言える。脳内物質がドバドバ出なくなって、フラットに戻っただけの話。

寂しいけどこれがフラットなんだ……。

「何かを好きになる気持ちよさ」を知ってしまっている

だが話はそれで終わらない。

何かを好きになってドバドバいろいろ出ている状態の気持ちよさを知ってしまっているから、人は何かを好きになることを繰り返す。恋愛ジャンキーなんて言い方もあるように。

特に今って沼の数も多くバリエーションもいろいろで、そこらじゅうに穴が空いている。普通に生きてるだけで沼に落ちる。一瞬は沼を抜けて我に返っても、たぶんまたどこかの沼に落ちる。

オタクコンテンツに心をかき乱されるのに疲れたりした

また、オタクホイホイなコンテンツとでも言うのか、落とさせようとして空いている穴もたくさんあると思う。向こうも商売であるので無理からぬことなのだけど。

自分はその手のひらで転がされることに疲れてしまって、「いかにもオタクを落とさんとして意図的に設置された沼」に対して警戒心や嫌悪感を抱いていた時期もある。

「オタクはこういうキャラとこういうキャラ絡ませとけば乗るでしょ」って思われたくない、私そんな軽いオタクじゃない! つって。

これは何かを好きになって自分の感情に振り回された結果、「もう心身が疲弊するようなことはしたくない!」という警戒心だったようにも思う。

どハマりして夢中になっている状態を「通常」と考えないようにした

自分でも感情のジェットコースターを繰り返してきて、今は、

どハマりして夢中になって二次創作している状態は「通常」ととらえない

というのを意識している。むしろそれくらいしかできることはない。

つまらない大人になっちまったということにもなるんだけど、「ちょっと未来の自分をあんまり困らせないように、恥ずかしくさせないように、罪悪感を抱かせないように……」という基準で、いろいろと、より気をつけるようになった。ガイドラインをしっかり守る、SNSに投稿するときは自分の管理できる範囲にとどめる、みたいなことを。

楽しみつつも「今頭の中に霞がかかってるぞ」「今はバフついてるぞ」ということを心のどこかでおぼえておくというか。

もちろん全力で何もかも忘れて夢中になる時期があるのはいいし、なんなら一生そうありたいよねとは思うのだけど、自分の場合は心身ともにもたないと思ったので。

年齢を重ねたことで「昔のやり方だともうしんどいな、今の自分にちょうどいいやり方ってあるよな」みたいなことも増えてきて、絵を描くことを無理なくずっと楽しむために考えてみたことでした。

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