「流行りの作品がウザい」で吸収しないのはもったいないよねという話

「流行りの作品がTLに流れてきてウザい! 私それ一切興味ないんだけど!」

「絵を描く人は流行りの作品から学べっていうのは分かるけど、流行りの作品から学ぶって何か抵抗がある……」

という絵描きさん向け【流行りの作品から吸収するコツ】について。

最近だと『鬼滅の刃』。

久々の社会現象になるレベルの大ヒットですよね。まちなかのどこを見てもどこかにいるってくらい流行っている。スーパーのお菓子売り場にもいる。自動販売機にもいる。

こうなってくると流行りにウンザリしだす人も出てきて、『キメハラ』だの『逆キメハラ』だのいう言葉も生まれたりして。

自分が何も表現を生み出さないタイプの人なら、「流行りすぎてウザくて見る気なくした」とか「流行ってるけど俺一切見てねえわー笑」とかでも別に全然それでいいと思うんです。

ただ、「自分も絵を描いていて、多くの人に刺さるものを生み出したい」と思っている人が「流行りもの興味ないから絶対見ない!」「見たことないけど嫌いだし参考になるところ無さそう」と切り捨ててしまうのはもったいないのではないかと思う。

その中でも「流行りの作品から吸収したい気持ちはある、流行りに触れたほうがいいのも分かる。でも流行りの作品観るのって抵抗があるんだよね……」という人っているんじゃないだろうか。

この記事ではそういう「流行りから吸収したいけど抵抗があってためらっちゃう」な人向け、流行りの作品をうまく吸収するコツについて書いていく。

※「流行ってても自分は嫌いだから絶対に見ません!」でも別に全然かまわないと思うし、そういう考えの人には参考にならない記事となっております。

「流行りの作品がウザい」で吸収しないのはもったいないよねという話

絵を描く人は良くも悪くも"流行り"に左右される。

もしくは左右されまいと踏ん張りすぎることで逆に左右される。

ミュージシャンの間でもこれはよくたたかわされる議論だ。

例えば山下達郎はとにかくフットワークが軽く新しいものに貪欲で、こんなことを言っている。

また、細野晴臣もこんなふうに語っている。

中庸っていうのね。これは、お釈迦さまの言った一番大事な教えなんだけれども、それは、あっちにもいかずこっちにもいかず真ん中を歩くということじゃなくって、あっちとこっち、その両方を行かないと真ん中にならないよ、という教えなの。

細野晴臣『分福茶釜』平凡社ライブラリー(2015年)

絵と音楽という違いはあれど、表現を生み出す者としてこのスタンスはいつも心に留めるようにしている。

いろんなものを見聞きして初めて、自分の中心ができてくるってこと。

見聞きしたものの幅が広ければ広いほど、太い自分の軸ができるってことでもある。

でも、小さい頃から教室の中のマイノリティを貫いてすみっこで静かに絵ばっかり描いてきた日陰者の私としては、なかなか「流行ってるから私も見よ〜っと!」という陽キャ的なノリに持っていくのが難しかった。陽の反射神経を持ち合わせていないというか……。

そこで、流行りものにパッと飛びつくことができないまでも、ヌルッと触れていくためのコツをいくつか挙げていく。

※「それでも自分は流行りは嫌いなので自分には関係ないよ」と考えても全然いいと思うし、そういう考えの人には参考にならない記事となっております。

かる〜い気持ちで乗ってみるのがコツ

流行りものに対して「流行りのこの作品からここから何か見つけて学ぶんだ!」みたいに考えようとすると、どうしても抵抗感が出てくると思う。反発心というか。最初から負けを認めて謙虚になる、みたいな感じで素直になれないというか。

かと言って「何かアラを探して批判をしてやろう」と思いながら見るのもしんどいし疲れてしまう。

これは"流行りものに触れるのがおっくう"の原因にもなる。

なので、「へえ〜」くらいの感覚を試してみてほしい。

「へー、これが流行ってるんだ〜」などと口に出してみるといいかもしれない。

なるべく興味あるっぽいトーンで「へえ〜」と言うだけでも気持ちのノリが軽くなる。

「え、今なら最新話が無料で見られるんだ、へー、見る見る」と口に出して言ってみて、そのままの感じで試聴してみる。

見終わったあとも無理に感想や批判を言おうとせず、「へえ〜」で済ませる。

周囲を見ていて思ったんだけど、「へえ〜」くらいが世間一般の人たちがアニメを見るスタンス。そこまで突っ込んで見るんじゃなくふんわりと楽しむ。

流行りものを試聴しても別に損をするわけではない(長期的に見ればむしろ得をする)のだから、もし「私は流行りものが嫌いです! 流行っているってだけで見る気を無くします!」という信念があるのだとしたら、とっととポイするのがラクチンかと思う。

「自分は巨匠じゃない」

「流行りものに影響されたくないから、流行りものを見ない」という考え方もあるかもしれない。

しかし流行りものを見たからと言ってそれに影響された何かをスイッと生み出すことができるなら、もうとっくに何者かになっている。少なくともSNSで絵を描いていてもいいねが少ないことに悩んだりはしていないだろう。

また「興味ない・学ぶところがないから見ない」という人もいるかもしれない。

いやそれ宮崎駿くらいに成し遂げた巨匠なら言えるけどねって話じゃない? 冷静に考えるとさ。

まだ何者でもない人間が、日本中を巻き込む大ヒットの作品に対して、「興味ない・学ぶところがないから見ない」って、客観的に見るとなかなか面白みがあるんじゃないだろうか。

自分もかつてそういうタイプの人間で「何様だよ笑」とか「自分がどれだけだと思ってるの?」とか言われた経験もある。そのときはカチンときたんだけど、今思うとカチンときたことすら恥ずかしくていたたまれなくなる。

「流行りのあんなもん、興味ない、学ぶところなんかない!」と思ったときに、

「いや私巨匠でもなんでもなかったわ」と自分を笑ってあげると、ちょっと気持ちが冷静になる。

いろんなジャンルの友達を作るといいかも

あとは、いろいろなジャンルに友達を持ってみるのもよかった。

私もなんやかんや言って「流行ってたら即行く!」「流行りかけた時点で本格的に流行る前に抑える!」みたいなことはいまだにできないタイプ。

でも同じジャンルだった友人から「今私これが好きなんだ、このキャラがこうでね……」みたいに話を聞いているうちに興味が出たりすることが多い。

そんでまた同じジャンル(同じキャラ、同じCP)にハマってた友達のおすすめってうまいことツボをついてくるんだわ。

「○○にハマった人はこちらもハマっています」みたいな、高性能なリコメンド機能のようなもの。

最初は反発を抱いていても、信頼できる友人が楽しそうにハマっていると親しみも湧いてきたりするし。

対抗意識や嫉妬があるならそれもだいじにする

流行りものに対するネガティブな感情って、私の場合はだけど、対抗意識や嫉妬、「世の中はこんな作品で熱狂しているのか、フン、程度が低いバカどもめ」みたいな感じだったんだと思う。

「私の描いてるものはもっとすごい」「私だってそれくらい描ける」「なのにバカな世間が分かってくれないだけだ」っていう、なんていうの? 明治時代の不遇な小説家みたいな。

今考えれば私のはただの身の程知らずのイキリだったと分かるんだけど、でもそういう対抗意識や反発心というのも人生の一時期にはあっていいと思うし、形を変えてずっと持ち続けていいと思う。

でもそれだけで貫き通すのはしんどい。それこそ明治の不遇な小説家みたいにしんどい。

なのでかる〜い感じで乗ったり友達のプレゼンを取り入れたりして、ほどほどに流行りとケンカしないように付き合っていくと、自分も苦しくない。

センスを磨く=流行りを吸収するということ

何度かこのブログで書いてきたけど、センスを磨くためにするのはこの3点。

  • 定番の作品・流行りの作品を見る
  • 「自分ならどう描くか?」と考える
  • そのために足りない技術を補う

何も"流行りの作品をみて、そこから何かを盗め、取り入れろ"というわけではない。

食事だってムシャムシャ食べたら栄養だけ吸収して、いらない部分は排泄される。

流行りの作品もまずはムシャムシャ食べてみる。

「流行りものから吸収しよう!」と言ったって、何もメモを取りながら目を皿のようにして見なきゃいけないわけじゃない。「へえー」でいい。

栄養になるところなら勝手に吸収されるし、自分に不必要な部分ならそのまま勝手に出ていく。

いろんなものを食べているうちに、最初は吸収できなかった牛肉の脂身も栄養になるようになったり、美味しく感じなかったパクチーが美味しくなったりするかもしれない。

絵ってその人の人生そのままを使って描くでしょう?

だから食わず嫌いをせずあれこれいろいろ吸収した方が絶対にお得だよな、と今の私は思うのですが、どうでしょうか。

※このブログを書いている高橋がTwitterを始めました。 → @tkhs_bsdz

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