自分の絵に自信を持ちたい、他人から認められたい、でもどうすれば?

「自分の絵に自信を持つために、他人から自分の絵を認められたい」

「誰かに自分の絵を認めてほしい! でも自分の絵を認めてもらうって、どうすればいいんだろう……?」

と悩んでいる人向け【自分の絵を認めてもらうってどういうことなのか】という記事。

「自分の絵に自信が持てないから、誰か認めてくれないかなあ……そうしたら私もきっと自分の絵に自信が持てるのに」

そういう考え方って成り立たないんじゃない? ということはさんざん書いてきた。

それって「私ってブスだしデブだし頭も悪いし自信ないけど、誰かかっこいい人が私を好きになってくれたら自信が持てるかも」と似たような考え方だと思うんです。

まず"自分はどうなりたいか"をハッキリさせて"そのために何をがんばるか"を決めて、それに向かって行動を起こすことでしか気持ちは救われない。

それでもなお「そんなこと分かってる! だけど誰かに認めてほしいんだよ」という想いってあると思う。

「がんばるためにもまずは他人から認められたいんだよ」とかね。

「【自分軸】とかいう考え方大っ嫌い! 結局きれいごとじゃん、私は他人から認められたいんだよ、【自分軸】とかじゃ何も解決しないよ」と言う人もいた。

この記事では、

  • じゃあ他人から絵を認められるってどういうことなのか
  • 他人に認められるために、具体的に何をすればいいのか

ということについて書いていく。

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自分の絵に自信を持ちたい、他人から認められたい、でもどうすれば?

どうなったら"他人から認められた"ということになるのか

じゃあ、どうなったら"他人から認められた"ということになるのだろうか。

1万いいねがつけば"他人から認めてもらえた"ことになるのか?

尊敬する絵描きさんから「あなたの絵、すてきですね!」と言われたら"他人から認められた"ということになるのか?

もうそれで一生悩まずに幸せに絵を書いていくことができるのでしょうか?

たぶん違うと思う。

「3しかいいねがつかない……あのひとは100もいいねがついてて羨ましい、どうせ私の絵は下手だからダメだよね……」と言っている人は100いいねがついても「100しかいいねがつかない……あの人は1000もついているのに」ってなるんじゃないかな。そしたらいくらたくさんいいねがついても地獄は終わらない。

「あなたの絵すてき、好きです!」とROMの人に言われて「たかがあなたごときのROMに言われたって嬉しくないし」と思っちゃう人は、神絵師に褒められたところで「ちょっと嬉しいけどたかがあなた程度の神絵師に言われても嬉しくないし」ってなると思う。

「自分の絵に自信がないので他人から認めてもらって自信をつけたい」という考え方は無間地獄の入り口なんじゃないかしら。

自分もそうだったんだけど、美大に合格しても「どうせ私なんかギリギリ合格で末端の才能無しだしやっていけっこない」と思って逃げたし、デザインの仕事をさせてもらっても「私なんか才能センスない上に美大から逃げた根性なしだし」といつも卑屈でビクビクオドオドしていた。

神様だって「あ〜〜〜!! じゃあどうすればお前は自信を持てるっつーんだよ!!!」ってブチ切れ困ってたと思う。

"他人からどう言われたいのか"をハッキリさせる

だからまず"自分はどうなりたいのか"を決めることが大切だと思ったわけです。

「その【自分軸】で考えるのが苦手なんだってば!」という人は、

"他人からどう言われたら嬉しいか"を妄想してみる。

どんな褒め言葉が、心の奥からフフッとくるか。

「この人、センスがすごいな〜! こんなハイセンスなイラスト初めて見た……!」

「筋肉の描写が緻密で上手い……! 本当にそこに存在してるみたい」

「配色なにこれ! どうやったらこんなすてきな配色思いつくの……!?」

自分が筋肉フェチで一生懸命デッサンがんばってる場合、「配色がハイセンス!」と褒められてもピンとこないけど「張り詰める筋肉の描写がすごい、絵なのに触りたくなる」と言われたら嬉しいんじゃないだろうか。

それこそが【自分軸】と【他人軸】の交差点で、絵を描く喜び&誰かに見てもらって認められる喜びになるはず。

だからまず、具体的に他人からどう言われたいか、どう言われたら嬉しいかをハッキリ意識してみる。なるべく具体的に。

そうしたらそこをピンポイントで磨いていく。

自分の場合は似顔絵を描く人なので「似てる!」と言われるのがいちばんうれしい。具体的には「シンプルなのに似てる」「線が最小限なのに似てる」と言われたいし、そこを目指している。逆に「上手い」「綺麗な絵」と言われる方面は眼中に置かない、というか入ってこない。

私は美大でもデザイン会社でも自信や喜びは持てなくて、つらく感じてしまうことが多かった。

けど似顔絵を描いて「これシンプルなのに似てる!」と言われると、胸の中パンパンにうれしい気持ちがふくらんでくる。「他の人から私のいいところ認められた!!!」と感じる。

きっとここが私の【自分軸】と【他人軸】の交わるところなんだと思う。

お金をもらって絵を描くこと

あとは、いっそお金を信じてみるというのもおすすめ。

私もそうだったけど、自分に自信がないと「絵が上手いですね!」と言われても「お世辞でしょ」と感じてしまうと思うのだ。

だけどデザインの仕事で振り込まれたお金を見たとき感じた「私の絵に対してこれだけのお金を払ってくれる人がいるんだ、これだけの価値があることを私はしたんだ」というのは、やはり自信になった。自分のやったものへの形、証拠、あかし。

また自分に対する無価値感って、やっぱり社会とつながっていないとき(自分の仕事にやりがいを持てていないときなど)に感じることが多いと思う。

趣味で絵を描いても社会とつながれることって少ないので、どうしても孤独というか"絵なんか描いてもムダ"とか"絵なんか描いても意味ない"とか思いがちで、いつも根底に無価値感ってあるんじゃないかな。

だけどお金をもらって絵を描くことで、社会とつながっている感覚を持つことができる。

この感覚は、ぜひ実際やってみてほしい。

何も本格的に絵の仕事をするんじゃなく、【ココナラ】とか【SKIMA】とかで「Twitterアイコン3000円で描きます」くらいからでいい。できれば友人知人でなく赤の他人からお金をもらって絵を描いてみる。

"全く私に関係ない赤の他人が、私の絵にお金を払ってくれた"という事実は、計り知れないパワーがあります。

×「お金もらって絵を描く自信なんかないよ」

○「お金をもらって絵を描いたから自信がついてきた」

これは自分の経験上です。

自分軸と他人軸、バランスよくどちらも大切に

「絵を描いて誰も認めてくれなくても、自分さえよければいいんだ、【自分軸】が大事!」と心底思えればそれで幸せだけど、そうもいかない。そんな人がいたら私きっと「うっそだぁ〜それ自分を偽ってるでしょ?」と思っちゃう。

【自分軸】だけで絵を描くなんて無理、だってやっぱり他人に認められたいもん。

だけど、ばくぜんと「自信がないから他人に認められて自信をつけたい! なんでもいいから誰か褒めて!」と渇望するのは無間地獄の始まり。

  • 「自分がどんな絵を描きたいか、そして他人からどんなふうに褒められたいか」をじっくり煮詰めてみる。
  • 社会とつながって"自分が必要とされてる"ことを実感したいなら、お金をもらって絵を描いてみる。

今はSNSで簡単に他人からの評価を感じられるし、お金をもらって絵を描くためのサービスもいろいろある。自分のイラストを無料で出品できてしまう時代。

方向さえ決めて(←これが大事)動き出せば(←今の時代これは超カンタン)、今より必ずモヤモヤは晴れる。

※このブログを書いている高橋がTwitterを始めました。 → @tkhs_bsdz

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