似顔絵の練習をしているけど、うまく似ない。私には技量が足りないのかな? 観察が足りないのかな?
と悩んでいる初心者の方向け【私は①まずはシンプルに描く②失敗しても消さず隣に描く③じっくり観察しすぎずに描く④複数人を同時に見比べながら描く、という感じでやってみています】という記事。
中学生の頃から似顔絵を描くのが好きで、それが高じてデザインの仕事の一部として似顔絵も描いていたことがある(名刺やLINEスタンプ、グッズ類など)。描きやすい顔とか好きな顔、得意な顔、描きたい顔だけではなく、「どんな人の顔も描いてみる」というのはすごくいい経験だったと思っている。
私は美大挫折組だし絵が上手いわけでもないけど、それでも成り立つところがあるのが似顔絵の面白いところだと感じている。ゆえにこれは「うまく描くにはこうしろ!」みたいな記事ではまったくなくて、私自身が今まで「こうしてみたらどうだろうか?」と試行錯誤しては感じてきたことの覚え書きのようなもの。
このブログでも少しだけ、似顔絵の描き方で右往左往している記事があります。
ブログ内ではこんな感じの似顔絵を描いていました。
丸と棒でシンプルに描いてみる
自分が「似顔絵描くの楽しい!」と思えたきっかけは、中学生の頃にらくがきで描いた先生の似顔絵を友達に面白がってもらったことだった。褒めてもらったわけではなく、「何これへんなの! でもなんか似てる」と笑ってもらった。当然上手くもないし今以上になんの技量もないし、ノートの端に丸と棒とチョンチョンくらいで描いたシンプルなもの。
「上手くなくてもなんか似てる気がしてなんかおもろい」というのが、似顔絵の楽しくて面白いところなんじゃないか。壁にシミが3点あれば顔に見えるシミュラクラ現象や、木の切り株の陰影が誰かに似て見えるみたいなパレイドリア現象などにも似たような、受け取り手の想像力による面白さが成り立つ。
だから最初は気負わずに、受け手に委ねてごくシンプルに描くと楽しいのではないか。
というのを、似顔絵を描いてきていちばん強く感じている。
でも、絵を描き慣れた人や技量があって上手い人ほどシンプルな絵って意外と難しかったりするのかもしれない。「リアルな絵は上手く描けるけどデフォルメが苦手」と言っている人もよく見かける。
そういうときはわざと太いペンで描くことで強制的に線の取捨選択をするという方法もありそう。
似なくても消さずに隣に描く
これは絵の練習全般に言えることだと思うけど、失敗したものを消さずに隣にもう一度描いてみるというのは似顔絵の場合とくに有効な気がする。
似顔絵の場合、どこが似なかったかがハッキリ改善点として分かるので、消さずに隣に描いたほうが直していきやすい。うまく描けなかったとき自分で恥ずかしくなって「あーダメダメ! 今のなし!」と消したくなってしまうけど、自分はなるべく消さずに痕跡を残し続けることで、次に改善しやすくしている。
深田恭子さんを練習したときの痕跡↓
大食いの谷やんさんを練習したときの痕跡↓
「うまくいかなかったことを、いやだけどいったん直視してそこから直していく」というのは、絵に限らず、世の中の芸事ほとんど全てがそうなのかもしれない。私は長らくずっと「一回失敗すると消して全部なかったことにしたい派」だったから、年齢を重ねた今さらながら失敗とじっくり向き合う大切さを感じている。
あまりじっくり観察しすぎない
「逆じゃない?」と思われるかもしれないけど、自分は「じっくり観察しすぎない」というのを心がけている。じっくりじっくり時間をかけてていねいに観察しても、それほどうまくいったためしがない。というか、観察すればするほどドツボにハマることも多かった。
たぶん自分の場合は、じっくり観察しすぎるとゲシュタルト崩壊が起こるのではないか。じっくり観察することで一周まわってゲシュタルトを乗り越えられる人もいるのかもしれないけど、自分には難しいのだと思う。このへんは個人の向き不向きなのかも。
そこで、チラッと見て強く印象に残ったところをその人の特徴だととらえ、一瞬の記憶を大事にしてみている。
チラッと10秒くらい見て描き、なんか違うなと思えばまたチラッと見て描き、というのを試してみた記事はこちら。↓
複数人を同時に描いてみる
人の顔って基本的にはパーツの数や配置が同じだから、一人の人だけをじっくりじっくり見つめていても特徴に気づけなかったりする。複数人を見比べて違いを見出すことでやっと特徴が浮かび上がってくる、ということもある。特にいわゆるイケメンや美人は特徴を見つけるまでが難しいことも多い。
似顔絵は楽しく描きたい
美大受験のときに「絵が上手くなりたい、上手くならなきゃ!」とギリギリしながら練習するのはとてもつらかった。それと比べると、「先生の似顔絵をなんとなく描いたら上手く似て、まわりも笑ってくれて、絵を描くのが楽しくなった!」という中学のときの体験は、本当にうれしくて幸せなことだった。
自分が絵で何度も嫉妬や挫折を繰り返してそれでも描き続けられているのは、あの楽しい体験があったからなのではないか。これは何歳になろうが、すでに長年絵を描いてきた人であろうが、あらためて体験できることなのではないか。と思っている。