Twitterの「いいね」は上手い下手関係ない、共感と交流が全て

「自分より下手な人がTwitterでたくさんいいねもらっていて、あんな絵がなんで!? 私の方が上手いじゃん!」

と悲しくなった……。そんな人向け、【Twitterのいいねって、そこまで上手い下手関係ないんじゃね?】という記事。

いいねが少なくて悩んでいる人や「私より下手なやつにいいねが多いのはなぜなんだ!」というモヤモヤを抱えた人ってたくさんいると思う。

いいねがつかない理由っていくつかあるだろうけど、純粋に「絵が下手だからいいねがつかない」というケースは少ない気がする。

この記事では、

  • 「いいね」ってそもそもなんなんだ?
  • みんな、どういう基準で「いいね」をつけてるんだろう?

という疑問について、自分なりに答えを出してみた。

人は共感したイラストに「いいね」する

一体感で盛り上がって「私もそれ好き!」のいいね

最近Twitterで朝ドラや大河ドラマのファンアートをよく見かけるけれど、その投稿についたリプを読むことで、どういう人がどんな気持ちで「いいね」をしているかがだいたいわかる。

「私も毎週観てます!めっちゃ特徴とらえてる笑 すぐわかりました!」

「私もそのシーン号泣でした!」

「今週も目が離せませんでしたね!」

実際のコメントとは異なります

ドラマを見ながら片手間にTwitterをしていて、タイムラインに今ちょうど見ているドラマのファンアートが流れてくると、「あっ自分も今観てる〜!」という一体感でいいねがたくさんつくようだ。

一人で観てるから、そのイラストにドラマの感想もリプしたくなっちゃう。

「今これ観てる」ってRTされたりするので、そこからさらに伸びたり。

自分の好きなマンガやゲームのファンアートにいいねする人もいる。

「私もそれ好き!」のいいね

「私も同じ!」「私も言わせて! 話を聞いて!」のいいね

「飼っているペットがこんな仕草をしてかわいいんだよ〜」

というイラストには、

「うちのもやります!」

「うちのはそれはやらないけど、別の仕草ならします!」

というようなリプがたくさんついているし、

「子どもを連れて電車に乗ったら舌打ちされた……」

という実録マンガには、

「うちもそういうことありました!」

「うちもです!上が何歳で下が何歳で、下の子を検診に連れて行くのに旦那が仕事だから上の子も連れて行くしかなくて……」(以下3回に分けて長文リプ)

というように、

とにかく「私も言いたい!」的なリプがたくさんついている。

「私も同じです!」「私にも言わせて!」という気持ち、つまり共感だ。

「私も!」と強く思わせる投稿はRTも伸びるし、結果としていいねが増える。

最近は子育てあるある、ペットあるあるの漫画がTwitterで話題になることが多いのは、誰もが同じ経験をしやすく、たくさんの共感を得やすいテーマだから。

身近な人の死をテーマにしたTwitterのマンガ『100日後に死ぬワニ』にも、「亡くなったおばあちゃんを思い出しながら読んだ」とか「亡くした友人のことを思い出して涙した」という感想が多く寄せられていた。

「あるある〜!」「わかります〜!」「そうそう私も……聞いて聞いて」のいいね

ハイコンテクストなイラストに対して「私もそれ知ってる!」のいいね

あとは、ハイコンテクストなイラストに対して「私それ分かりますよ! 私それ知ってますよ!」ないいねが集まることも多いんじゃないだろうか。

ハイコンテクスト、つまり、「これ、元ネタを知ってる人だけ面白い」「分かる人だけ分かる」みたいなイラスト。

"タレントの誰々さんをジョジョ風に描いてみた"みたいなのもそうだ。

「その漫画私も知ってます! 確かにそういうタッチですよね〜!」

「私も好きな誰々さんがまさかジョジョ風にwww」

「ていうか違和感仕事しろwww」

実際のコメントとは異なります

「フフーン、私はジョジョ知ってるからそのイラストの面白さが分かるもんね!」みたいな優越感が、楽しく気持ちよくいいねをさせてくれる。

人は好きな人が描いたイラストに「いいね」する

そもそも、絵の上手い下手なんてたいていの人にはよく分からないし、我々絵を描く側が考えているより「絵がうまい」ってそこまで重視されていないように思う。

なので、知らない人が描いた上手い絵と、仲良しでいつも交流してる友人が描いた上手くない絵なら、後者にいいねする。

自分でも絵を描いているような人でも、やっぱり好感を抱いている相手の絵により興味を持つし、全く関心外の人の絵は(よっぽど上手いとかでない限り)じっくり見る気も起きないだろう。

つまり、もしどんぐりの背比べならば、より好きなどんぐりにいいねするってこと。

「いいねが欲しかったら交流が大事」ってよく言われているのは、そういった理由なのでは? と思う。

いいね=「上手いね」ではない。

こうやって挙げてみると、いいねって全然「上手いですね」って意味じゃないじゃん、となると思う。

SNSって、きっと上手い下手以外の要素が多すぎる。

自分と共通点がない、ツッコめない、介入できないタイプのイラストには無関心になるし、知らない人が描いたイラストもどうでもいい。

だからいいねしない。

それだけの話。

いいねにこだわって我を忘れる前に

いいね=「上手いね」だと思っていると、いいねがつかないことで自分の絵が劣っているような、自分に価値が無いような気がしてしまう。

人のイラストにいいねがいっぱいついているのを見て、「私はこの人より劣っているんだ」と怒りや嫉妬で頭がぐちゃぐちゃになったり、羨んで卑屈になったりもするかもしれない。

でも、いいねってたいてい「私も同じ!」「私もそれ好き!」「分かるー!」という反応に過ぎないんだ、と思えば楽にならないだろうか。

絵の上手さなんかほぼ見られてない。絵の上手い下手なんて描かない人にはあまり分からない。

「なーんだ、それならいいねがつかなくても別にいいや。」と思う人もいるだろう。

→それなら、自分の好きな絵を楽しく描いていけばいい。それって最高だ。

「じゃあ、共感を得るようなイラストを描いたり交流がんばれば、自分もいいねがたくさんもらえるってことだね?」と思う人もいるだろう。

→だったら、コツを抑えて着実にそれを目指していくのもいい。友だちを増やすことと両立していけるから、SNSが楽しめそう。

いいねのために、というのは一見不純なような気もしてしまうかもしれない。

けど、まわりの人が求めているものを感じ取るのはある意味プロにも必要なスキルなので、「いいねをたくさんもらいたい!」と思えば堂々とそれに向かってやっていけばよいと思う。一時期くらいは、いいねに執着してみるのもいい勉強になるのかもしれない。

でも、まずはいいねの正体をきちんと知り、それが本当に自分の欲しいものなのか、ということを考えてみるのが先なんじゃないだろうか。

いらないもののために身をすり減らすのはしんどいので

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