年下の絵描き友達に嫉妬して、考えて、行動して、嫉妬が消えたときの話

年下の絵描き友達に嫉妬してしまってつらい、相手はいい人なのに私は勝手に嫉妬して苦しんで、そんな自分が嫌になってしまう…

という人向け【私が年下の絵描き友達に嫉妬したときに、嫉妬の感情をもとに考えてみたこと、行動したこと】について書いてみた記事。

仲のいい絵描き友達に嫉妬していた

その人は同じジャンルで推しも同じ、とても小さなジャンルだったからもともとお互いのことも知っていた。彼女のほうから声をかけてくれて仲良くなった。いつも私の絵を「ここが良い」「ここが好き」と褒めてくれて、私も彼女の絵をすごいと思っていたし、たびたびそう伝えていた。

彼女に対して「この人と知り合えてうれしいな、仲良くなれてうれしいな」とうれしくなるほどに好意を抱いていた反面、たまにゴウッと黒い炎が燃え上がることもあった。

絵が上手くて、絵柄もオシャレで、私には追いつけないような発想があって、たくさん描く根性もあって、ちょっとデザインの仕事なんかもしていて、私が尊敬しているデザイナーさんから一目置かれたりしていて、社交的で、行動的で、イラストのイベントを主催したりもしていた。そしてかなり年下だった。しかも私なんかのことを慕ってくれる優しさ(心の広さ)がある。

うれしい、誇らしい、でも心の奥の黒い炎がときどき苦しい……。

モヤモヤと胸を焼かれながら「ああ〜、久々に来たぜ……知ってる懐かしいこの感じ……」となった。そう、嫉妬です。

自分は幼稚園の頃からお絵描きに関して嫉妬し続けて生きてきて、美術科受験や美大受験を経るほどになお嫉妬にまみれていって、もういいかげん嫉妬のプロだと思う。もう、嫉妬は持病みたいな感じで、いやになるほど何度も何年も繰り返し経験してきた。

嫉妬と共存したりやり過ごしたりする方法も自分なりにさんざん模索してきたのに、久々にドカッと強めの嫉妬が来て、久々に「これはヤバい……放っておくと苦しくなるやつだ」となりかけていた。

幼稚園のときの、初めて嫉妬を乗り越えた経験

最初の嫉妬を乗り越えた経験は、覚えている限りだと幼稚園の頃。

幼稚園で自分よりも絵で注目を集めたおともだちに対してモヤモヤが止まらず、家に帰って叔母にこぼしたことがあった。(叔母はうちの家業を手伝いにときどき来てくれていて、両親とも先生とも違う、友達に近い相談相手だった。)

「だったら、どうしたい?」

「みんな○○ちゃんばっかり褒めるけど、あの子別にそんなに上手くないんだよ! あの子が明るくて元気で人気者だからみんな褒めてるだけ。本当は私の方が上手いのに誰も褒めてくれない。私が明るくて元気で人気者じゃないせいだ。こんなのはおかしい」みたいなことを言ったと思う。

そしたら叔母が、「○○ちゃんは明るくて元気で人気者だから絵も褒められてるのか、ふうん……。それがうらやましいの? じゃあ、あんたも○○ちゃんみたいに明るくて元気で人気者になって絵を褒められたい?」と私に聞いた。

よくは覚えていないけど、はっきりと「それは違う」と思った。そしてはっきりと「そうじゃない」と答えた。

そしたら叔母が「だったら、どうしたい?」と聞いた。(私がかんしゃくを起こしたとき、叔母はへんに機嫌を取るのではなくて、必ず「だったら、どうしたい?」と冷静に聞いた。)

具体的な解決方法を考えてみる、という経験

私なりに必死で解決方法を考えてみた結果、「○○ちゃんはクレヨンじゃなくて細く尖らせた鉛筆でこまかく描いていた。だから別に上手くないのに上手く見えたんだと思う。だから私も鉛筆で描きたい」と要求して、2BとHBを1ダースずつ買ってもらった。

細く尖らせた鉛筆でこまかく描いたら自分の絵が格段に上手くなったように感じて、すごく興奮したことを今でも覚えている。「絶対的に私は最高な絵を描いている!」と思うことができて、それからはみんなが○○ちゃんを褒めていてもなんとも思わなくなった。

今思うと、自分はクレヨンの太い線が拙く見えて恥ずかしくて、引け目を感じてしまっていた。そこへきてみんなが○○ちゃんを褒めるものだから、自分が恥をかかされたような気になったのかもしれない。

「だったら、どうしたい?」というのはモヤモヤを解決してくれる言葉だと子どもながらに感じた……わけではないけど、嫉妬を感じたときには「だったら、どうしたい?」という言葉を思い出すようにしている。(もちろん、嫉妬に駆られすぎて思い出せないときのほうが多い)

大人になるにつれシンプルな答えを出すのが難しくなった

「だったら、どうしたい?」という言葉は忘れていないものの、大人になると難しくなった。

あの頃は子どもだったから思考回路が単純で「私も尖らせた鉛筆で描きたい」というシンプルな解決方法に辿り着けたけど、成長するにつれ思考がもっと複雑にこじれてきて、出口が見つかりにくくなったからだ。

コンプレックスを自覚し、嫉妬も深くなり、そのわりにプライドは高くなって、いいわけしたり、人のせいにしたり、才能だとかセンスだとか生まれつきだとか他の要素をからめたり、わざと解決できないように、複雑にしてしまうようになった。

だけど、やっぱり根気よく「だったら、どうしたい?」と自分に聞いてみるしかないんだと思う。

嫉妬しながら、分析しながら、行動を始めた

(これは実験的あるいは理性的にやったわけではなく、とにかく苦しい嫉妬を解決したくて、夢中でやっていたことです。)

紙に書き出して「だったら、どうしたい?」と自分に聞いてみた

さて、年下の絵描き友達に嫉妬したときは「だったら、どうしたい?」という叔母の言葉をたまたま思い出せたので、「だったら、どうしたい?」と自分に聞いてみた。「自分は彼女のどこが羨ましいのか、彼女の持っているどれが欲しいのか」。紙に書き出してみたりもした。

絵が上手いから? 年下だから? 社交的だから? デザインの仕事をしているから?

自分の浅ましい感情も薄汚い感情も、なるべく無視しないようにいろいろ考えてみた結果、「たぶん『彼女が、私の尊敬しているデザイナーさんから一目置かれているところ』が最も私の欠乏感を刺激しているんだな」という答えが出た。

目標を設定した

自分は以前デザイン関係の就職をあきらめていて、そこがコンプレックスになっていた。忘れたい挫折と向き合うのはいたたまれなかったけど、卑近でみっともないかもしれないけど、でも私はそれがうらやましいんだな、という答えを出した。

そして「じゃあ私も憧れのあのデザイナーさんに声をかけてもらいたい!」と目標を設定した。

自分がやるべきことが挙がってきたのでやってみた

もう一度デザインの仕事に、今の自分ができる範囲で向き合ってみることにした。転職とかではない。

  • ポートフォリオ(サイト)を作った
  • 最近のイラレを学び直した
  • コンペに出してみた
  • クラウドソーシングサービスに登録し、仕事を受けさせてもらった
  • 知人のチラシ作りをさせてもらった

一つ一つは全然大したことではないのだけど、どれも過去の自分の挫折と向き合う作業だったからしんどかった。

結果は出なかったけど、モヤモヤはかなり軽くなった

そこで成功すればキレイな話になるところだけど、しかし前述のとおり大したことはやっていないわけで、当然だけど大した結果は出なかった。

でもいったんは途中であきらめたことを自分ができる範囲でがんばってみて、「やってみてもやっぱりダメなことはある」とすがすがしく割り切れるようになった。嫉妬はゼロにはならなかったけど、苦しくないくらいまで減った。

彼女に対しても「あなたに憧れてこういうことがんばってみたけどダメだったんだよー」みたいに、気持ちよく話せるようにもなった。

アスリートがよく言うような「全力を尽くしたので悔いはない」という言葉は本当なんだな、なんて思った。

※このあと何年かして、やりたかったデザインの仕事をやらせてもらえるチャンスに恵まれた。結果的には「彼女のおかげで自分の望んでいたことが叶った」みたいなことになった。さらにこの時の経験のおかげで、絵に関するコンプレックスが根本的にスッキリし始めた。

「嫉妬」をきっかけに自分のしたいことがわかって、行動できた

今も、相変わらず彼女は「絵が上手くて、絵柄もオシャレで、私には追いつけないような発想があって、根性もあって、デザインの仕事をしていて、私が尊敬しているデザイナーさんから一目置かれていて、社交的で、行動的で、かなり年下」な存在。彼女の属性は何も変わっていない。

でも、もう苦しい嫉妬の炎が燃え上がることはなくなった。(もちろん「悔しい! 自分ももっと良いものを作ってやる」みたいなメラメラはある)

当初は「私も憧れのデザイナーさんから声をかけられたい!」というミーハーな目標だったはずなのだけど、いつのまにか忘れていた。たぶん、私の真の願いは「挫折したデザインの仕事にもう一度チャレンジしてみたかった」だったのだと思う。

※でも「憧れの人から声をかけられたい!」という目指しやすい(俗っぽい)目標があったことで、却って迷いなく行動できたのかもしれない。『プロゴルファー猿』で「旗つつみ」っていう、旗を目掛けてボールを打ってカップに入れる技があったけど、あんな感じ。

具体的にどうしたいかをハッキリ絞って、なんとかする

「全部うらやましい」だと解決しなかったと思う

もし彼女に嫉妬したときに「絵が上手くて、絵柄もオシャレで、私には追いつけないような発想があって、根性もあって、デザインの仕事をしていて、私が尊敬しているデザイナーさんから一目置かれていて、社交的で、行動的で、かなり年下で、それが全部うらやましい」なんて言っていたら、出口が見えなくなって一生解決できない嫉妬になっていたと思う。たぶんいまだに苦しんでいたことだろう。

だって「全部うらやましい、全部くつがえしたい」なんて無理だから。

そんなの「私」じゃなくて「彼女」にならなきゃいけなくなる。

叔母が言った「じゃあ、あんたも○○ちゃんみたいに明るくて元気で人気者になって絵を褒められたいの?」という言葉は、そういう問いかけでもあったのかもしれない。

それに「全部うらやましい」なんて思っていたら「こんなに完全無欠ないい人に嫉妬する自分はなんて嫌なやつなんだ……こんな自分が大嫌いだ」みたいになっただろうし、「苦しいから距離を置きたい」とジャンルを離れたりSNSをやめたり交友関係を断ち切ったりしなければならなかったかもしれない。(それもやったことあるから知ってる)

また「嫉妬するのがつらいから離れよう」といってその人からは離れても、また別の人に同じような嫉妬を感じて、同じ業火に焼かれる苦しみを繰り返し、また逃げて、どこにいてもつらくて、最終的にどこにもいられなくなる。(それもやったことあるから知ってる)

とことん考えて、行動してみて、それでダメならおいとく

もちろん自分だって嫉妬するたびに毎回こんなふうにしちめんどくさいことをやっているわけではなく、ときには逃げて躱し、ときには責任転嫁して、だいたいは解決しないままなんとかごまかしてしまう。

ごくたまに、人生で一度か二度、こうやって解決できることもあったという程度の話です。

乗り越えられなかった嫉妬もたくさんたくさんある。いまだに激しい嫉妬を感じる相手もいる。「相手が持っていて私にはない、強烈に欲しいと思うソレ」を分析しきれていない嫉妬には、いまだに苦しんでいる。

全部の嫉妬を解決する必要は別にないし、そんなの無理だろう。

だから、とことん考えて、行動してみて、それでもダメならいったんおいとくことにしている。

幸いなことに、今までもっとドス黒い嫉妬を抱えてきた経験に比べれば、心がチクッとするくらいならおいておけるようになってきたし。

せいいっぱい考えて行動してみても解決できなかったら、今はまだ解決できない嫉妬なんだと思う。レベルが足りないか、ストーリーがそこまで進んでいないかで。

RPGで橋が壊れていて向こうの大陸に渡れないことってよくあるけど、しかるべきフラグを立てていけば橋を直すイベントが起こる。ある程度試行錯誤してもダメなら「ということは何か別のことをしろってことだな」と判断して、別にこなすべきイベントがあるんじゃないかと。

それまで嫉妬に焼かれる痛みとしばらく共存しながら生きていくのも「それはそれで、せいぜいじっくり味わってみるか……」という気がしてきている。

※思い出しながら書いてみましたが、単純に「これをきっかけにこうなった、めでたしめでたし」みたいには説明できないもので、気持ちも行きつ戻りつ、苦しみも消えたと思えばぶり返したりしていて、整合性が取れていない部分もあります。ブレや矛盾があるかもしれませんが、ご了承ください。

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