絵が上手くなるためには、どんな人のアドバイスを参考にすればいい?

「絵が上手くなりたいから書籍を買ったりネットで記事を読んだりしているけど、情報が多すぎて混乱してきた……いったいどんな人のアドバイスを参考にすれば効果的なの?」

と悩んでいる人向け【肩書きにとらわれず、ピンときたもの(自分に合うもの)をあれこれ試すしかないよね】という記事。

こうしてブログを書いていると、たくさんの人が「絵が上手くなりたいけどどうすればいいのか」とか「いいねを増やしたいけどどうすればいいのか」という悩みを抱いて検索しているのを目の当たりにすることになる。

「どうすれば絵が上手くなるのか」というのは皆さんご存知の通り、一生かけてああでもないこうでもないと努力して悩んでいくようなことであって、ネットですぐ答えが見つかるようなものではない。

ただ、いろんな人がそれぞれに、

「自分は美術解剖学をやったのがよかったよ、やっぱりデッサンは大切だった」

「デッサンなんて無意味! 私はとにかく好きなキャラを練習しただけで上手くなった」

「好きなキャラを描くだけじゃ上手くならないよ。デッサンより動きをとらえるクロッキーがおすすめ」

「クロッキーは短時間すぎるからやっても意味ない。やるならデッサンだよ」

「とにかく毎日描かなきゃダメ!」

「いいや無理して雑に描いたらダメ!」

……

どれを信じればいいんだよ!! 誰の言葉を信用すればいいの? 誰が正しいの? ってなってくると思う。

誰が(どの論が)正しいか、というのを探し始めると地獄の入り口なのでちょっと待ったほうがいいかも、という記事です。

絵が上手くなるためには、どんな人のアドバイスを参考にすればいい?

「どんな人のアドバイスなら信憑性があるの?」

「どのデッサン本がいちばんいいの? これ一冊で必ず効くってやつはどれ?」

「いろんなアニメーターが絵の練習方法について教えてくれているけど、絶対に絵が上手くなるやり方は誰のやり方?」

そんなモノはないんだって、ある程度絵を学んでいる人ならもうすでに分かっていることだと思う。

ネットで検索していて「へえ、こういう練習方法があるのか」と試してみる。

でも数日続けただけで「あー、このやり方全然上手くならないじゃん! 本当に効き目あるの!?」とイライラし始める。

「なーんだ、この本の著者はアニメーターだって言ってるけどたいしたアニメに関わってないぞ? こんな奴の言うこと真に受けて大丈夫か? もっと確実な方法があるんじゃないか?」

「なーんだ、著者が美大卒だっていうからこのデッサン本買ってみたけど、有名な美大じゃないじゃん。じゃあわざわざしんどい思いをしてデッサンする必要ないな」

みたいな"やらない理由"を探してしまい、結局何もしない……。

と、こんな罠に陥っている人を見かける。

「誰のやり方なら信用できるのか」ということにこだわりすぎて著者や講師の肩書ばかり気にし始めると、「結局どれも信用できないからやらない」になりがち。

「この人のやり方なら必ず私を救いに導いてくれる!」みたいな著者や講師を求めているんだったら、そんなの教祖じゃん。あぶないよ。

いろんな人のやり方を見て、「これは真似してみたい!」と自分が思えるところだけ参考にする。

ピンときたら軽いノリであれこれ試してみる。

それしかやりようないと思うのだけど、どうでしょう。

「やらない理由」を探してしまうのはなぜ?

こうやって無意識に「やらない理由」を探してしまうのはなぜなのか。

例えば、アニメーターが絵の練習のコツをまとめた書籍を出版すると、「本当にそれで上手くなるのか? お金がもったいない、価格分の元は取れるのだろうか?」と、まあ、考えるよね。

それで高評価がそこそこ多ければ買うとか、模写練習したかったけど写真が掲載されてないから買わないとか、ダウンロードの資料がついてお得だから買うとか、何かしらの判断をして購入を決めると思うのだけど。

そこで"買わない理由"ばっかりエスカレートしちゃうと、そこから一歩も動けないよねって話です。

「この著者はアニメーターだって言うけど、私はアニメーターを目指しているわけじゃないから参考にならない」

「私の好みの絵柄じゃないから求めているものとは違う」

とかはまだいいとして、

「この人のツイート読んだけどなんか上から目線で性格悪そうだから信用できない」

みたいな謎の人格攻撃までして(Amazonのレビューでたまに見るよね)、なんとか買わない理由を探して、買わない。

"やらない理由"を探すのって、結局何もやりたくないんだよね。

その場でウダウダ言ってたいだけなんだよね。

自分もそうだったからすごくよく分かるんだけど。

でもこのループにハマると時間と気力のムダでしかない。

「あ、やらない理由探しをしちゃってるな」と気づいたらサッと抜けるほうが人生の効率がいい。

というのを、さんざんムダをやってきた私は強く感じている。

「その方法でうまくいくっていう証拠がほしい」

たまに「あなたは美大に合格したって言うけど、どこの大学ですか?」と聞かれることがある。

「あなたが受かったっていう美大のランクによって、あなたの言ってることの信憑性が変わってくるんですけど? あなたのやり方でうまくいくって証拠を見せてください」というニュアンスで私は受け取っている。

そこで私があまりメジャーではない大学の名前を答えたら、

「なーんだ、そんな美大知らない。こいつ大したことないじゃん。練習方法を真似してみようと思ったけどやる意味ないわ。やーめた」

となると思う。

かと言って「東京藝術大学、美術学部絵画科です」と答えたらどうだろう。

「なーんだ、もともとすごい人なんじゃん。どうせ芸術一家とかで遺伝子レベルでコネとか才能あるんでしょ。私みたいな一般人じゃいくら真似しても無駄だわ。やーめた」

になってしまわないだろうか。

「やらない理由」を求める人にとっては、どう答えても、「やらない理由」になってしまう。

※あと「私は○○っていうジャンルが好きで〜」とか具体的に言っちゃうと「えー、私は○○嫌いだからこの人のブログもう読みたくない」になっちゃうとかもあるので敢えて好きなジャンルもおおっぴらに言わないようにしている。

ピンときたところだけ参考にする、いいところだけ真似する

まずは"やらない理由探し"をやめてみるって、だいじなんじゃないかなと思うんです。

逆に、「この人の真似をすれば絶対に上手くなれる」なんて人はいないので、そういう"教祖探し"もやめる。

"やらない理由探し"と"教祖探し"をやめると、いろんな人のやり方を見て「面白そう」「真似してみたい」と素直に感じることが増えてくる。

自分にピンときたものだけ、「いいな、真似したいな」と思ったところだけ参考にする。

それは有名アニメーターでなくてもいいし、名だたる美大卒の絵描きでなくてもいい。

肩書きにとらわれるっていつの時代の話だよって思いませんか。

しかも絵を描くという表現をしている人が、相手の肩書きで"そいつが使えるか使えないか判断する"って。

考えてみたらちゃんちゃらおかしいと思いませんか。

自分の「好き!」を信じられていないから、こんなふうに肩書き一つで揺れ動いちゃうのかもしれない。

理屈をつけて判断するんじゃなく、「好き!」という感覚をもっと信じていきたいと自分も思っています。

タイトルとURLをコピーしました