「AIイラストは手指を描くのが苦手って言うけど人間の絵描きだって手指が下手な人多いじゃん?」
という人向け【AIイラストの手指の下手さと人間の手指の下手さの違い】について考えてみた記事。
自分も絵を描く人間で、SNSで人の絵を見るのも好き。最近盛り上がっているAIイラストを見ると「こんなに描けるのか、すげー!」となる。人間の仕事がなくなってしまうんじゃないかという懸念はもちろんあるけどロマンも確かにある。
その一方で作者の方が「好みに生成できたけど、手さえもうちょっとなんとかなればなあ……」と言っているのもよく見かける。
一方で「人間の絵描きでも手を上手く描けない人はたくさんいる」というのもよく聞く話。
でもAIの描く手のぐちゃぐちゃ加減って、人智を超えているというかまた一味違うよねという記事。
AIイラストはどんなふうに「手が下手」なのか
AIは今のところまだ手指を描くのが苦手のようだけど、絵を描くのが苦手な人間でもこうは描かないだろう、というぶっとんだ仕上がりになっていることがある。
AIはどんなふうに指が苦手なのかというと、
- 指が多すぎる(もしくは少なすぎる)
- 関節が多すぎる(もしくは少なすぎる)
- そもそも手の数が多すぎる
- 爪の位置がおかしい(たとえば爪が手のひら側についていたり、指の根本についていたりする)
- 関節の曲がる方向がおかしい
これが一見すごく上手い絵の中でさりげなく起こっているため、気づいた瞬間「ゾワッ」としたり不気味さや嫌悪感を感じる人もいるようだ。
かと思えば「すごい可愛い女の子なのに指がぐちゃぐちゃという、その特殊な世界観が良い」「却ってそれがAIらしくて面白い作品だ」という人もいる。(そういう感覚の人がいるんだというのは最近自分は初めて知った。)だからなのか、いくら指がぐちゃぐちゃでも直さずにそのままSNSなどに投稿されていることも多い。
AIはどうして指が苦手なのか
手指の構造が複雑だから学習しきれない
AIはどうして指が苦手なのかというと、まず一つは「手指の構造がとても複雑だから学習しきれない」ということだと思う。
しかしこれは人間の絵描きにとっても同じ。
人間でも、構造を理解せず見たままなんとなく描いているだけではおかしな手になる。一生懸命実物なり写真なりを見て、見たまま描いているつもりなのになんか変になる! というのは絵描き全員が通る道なのではないかと思う。
だからこそ「これではいかん!」とシャカリキになって手を練習したりする。
▽自分が使っていちばん「これいい! ありがたい!」と感じているのは『加々美高浩が全力で教える「手」の描き方 圧倒的に心を揺さぶる作画流儀』です。
ただ、いくら下手な絵でも指の数が違ったり関節の数が違ったり、手のひらに爪がついていたり反対側に曲がったりすることは、まずない。
人間ほどは人体についての理解が深くない
というのは、人間にとって手は生まれたときから自分にもついていて、自分で動かして使うし自分のも他人のも毎日長時間眺めるようなパーツ。さすがに骨や関節の仕組みが少しは分かっているし、爪は手の甲側についていることも、例外はあれど指の数は5本ということも、手のひら側にしか関節が曲がらないことも、経験的に知っている。
対してAIは自分に手がついているわけでもなく日常的に手を使っているわけでもなく、「手」というものに関する情報と言えば与えられた画像のみ。正確に形や仕組みを捉えて人間が求める通りに描画するには、そこそこの時間やデータや技術的なあれこれが必要になるだろう。
(でも今はこの技術的なあれこれの進化が早いので、もうすぐかもしれない。)
人間のように「下手だから練習しよう」「下手だからごまかそう」などと判断できない
自分はここがいちばんポイントなのではと考えているのだけど、AIは「あれー? 描いてみたけどなんか変じゃね? 手描くの苦手かもー、上手く描けない><」ということには気づけない。当然「下手なのバレたら恥ずかしいから隠さなきゃ!」という心もない。堂々と指の多い手を丸出しに描いてしまう。
対して人間は「自分は手指を描くのが下手だ、手を描くと拙いのがバレてしまうぞ」ということに気づくことができる。
だからこそ「なんとかうまいこと袖とかで手を隠そう」とか「この角度の手が描けないからポーズを変えよう」「ギリギリのところに文字を入れて隠そう」「花びらを舞わせてぼかして隠そう」みたいに手を変え品を変えいろいろな手段でごまかすこともできる。
このあたりが、今のところ人間のアドバンテージなのではないだろうか。
「上手く描けないな」と気づき、悔しがったり恥ずかしかったり焦ったりして、苦手なところや描けない部分を調べ、練習し、ほどほどの兼ね合いでいい感じに持っていき、それでも描けないとなるとどうにかいい感じにうまくごまかすための試行錯誤をして、全体のバランスの折り合いをつけることができる。
「ほどほどの兼ね合いでいい感じにどうにか折り合いをつける」というのは、まだ当分AIにはできないのではなかろうか。またこの一見ムダでぶざまな人間のあがきこそが、その絵描きの味にもなっていくのではなかろうか。
※AIの場合は人間が「これは描かないでね」という指示を与えたり(ネガティブプロンプトに「bad hands」と入れるなど)、手が見えないようバストアップを描かせる指示をする(「face」「upper body」と入れるなど)でごまかすことができるようだ。
指が全部しっかり見える写真やイラストは少ない
AIって既存のイラストや写真から学習して生成しているのだろうけど(既存の画像の著作権の問題はどうなっていくのか分からないけど)、指が全部5本きれいにしっかり見えている人物写真やイラストってあまり多くはない。
ほとんどの場合、ポーズや角度によって手の形は変化してしまう。指の数も、曲がり方も、手のひらの面積も、場合によってまちまちだ。
AIにとって「手」は、「角度も位置も不規則に折れ曲がった複数の長い突起(数は不定)と平らな部分で構成されるオブジェクト」としか認識できないとしたら、そりゃあ学習は難しい。
新しい技術の始まりには混乱がつきもの
自分の推しのストリーマーが、「リスナーの描いてくれたファンアートをサムネに採用したいけど、もしAIイラストだったら予期せぬところに迷惑がかかる可能性があるので怖くて使えない」と言っていたことがある。出所が分からないというのは確かに怖い。
ダメだと分かっているのかいないのか、他の人に著作権のある作品を取り込んでイラストを生成する人も必ずいるのだろうし、そこらへんの整備はこれからということになる。
新しい技術の始まりには、環境やユーザーの意識が整備されるまでにたくさん問題が浮かび上がる。各創作系SNSも、対応しようにもなかなか追いついていない。
AIの進化も早すぎるし難しいことだから、各SNSの運営に対して一概に責められないな……という気持ちもある。個人的には。
ゾクッと感が心霊写真に似ている
一見すごく上手くて美麗なイラスト、ん? でもよーく見たら手指がおかしい……? となるとゾクッとするのだけど、この「ゾクッ」は何か覚えがある。と思い出してみたら、心霊写真を見たときの「ゾクッ」に似ている気がする。
心霊写真のコンテンツが好きでよく見るのだけど、「一見何の変哲もない写真が、アップにしてじっくり見たら指が多すぎる」とか「複数人で写っている写真で誰の手か分からない手が肩に乗っている」とか「どう見てもサイズ感のおかしい知らない人物が写り込んでいる」とか、そういうタイプのものが多い。
AIも霊も、見よう見まねでたどたどしく人間のフリをしているってことか? と考えるとどちらもいたいけでけなげにも思えてくる。だからこそ、人間たちがどう捉えてどう育ててどう利用していくかで在り様も変わってしまうものなのだろう。
▽『家賃の安い部屋』が好きで毎週更新日に観てます。