なぜ絵でこんなに悩むのか。球速100キロ打てなくても悩まないのに

「Twitter見てると、病んでる絵描きをたくさん目にするんだよね……なんで絵で悩んでる人ってこんなに多いんだろう?」

と疑問に感じている人向け【なんだか知らないけど『絵なら私にも人並みより上手く描けるはず』って思っちゃうんですよねえ…】という記事。

絵を描かない人が「Twitterで絵描きがよく悩んでるけど、なんで絵描きってそんなに悩むのかな」と言っていたことがある。

確かに「はあ……全然描きたいように描けなくてだめだー」とか「もっと絵が上手くなりたい」ってつぶやき、みなさんもよく見かけると思う。

もちろん自分もいっぱい悩んでいっぱいグチを言ってきた。

この記事では、

  • 絵描きはどんな経緯で悩むのか
  • どういう心理で病んじゃうのか
  • 絵の悩みから抜け出すきっかけ

について、あくまでも自分はこんな感じだったかもしれません、ということを書いている。

なぜ絵でこんなに悩むのか。球速100キロ打てなくても悩まないのに

例えば、

「バッティングセンター行ったんだけど、友人は球速150キロバンバン打ってて私は100キロも打てなかった……みじめ……」

「友人はテストで全教科満点近く取れてるのに私は赤点ギリギリだった。どうして……?」

「誰々さんはピアノが弾けるのに、なんで自分は弾けないの!?」

とかってあんまり悩まないんじゃないだろうか。

100キロ打てないのは未経験でコツがわからないだけだし、赤点ギリギリなのは勉強不足だからだし、ピアノが弾けないのはそもそも弾けないから。

なのになぜか絵となると「絵が上手く描けなくてつらい、誰々さんと比べるとみじめになる、どうして自分は描けないの?」となってしまう。

それって不思議、なぜだろう? ということについて自分のケースで考えてみた。

根拠もないのに自分は絵が得意だと思っている

自分は幼稚園に入る前からお絵かきをしていて、まわりの大人から「上手いねー!」「よく描けたね!」とチヤホヤチヤホヤしてもらっていた。

そして入園後に訪れた人生初の挫折。

同じ組に、私より絵が上手くてチヤホヤされるおともだちがいたのだ。

私はクレヨンで描いていたけどその子は鉛筆の細い線で描いていたので、もう見た感じから全然絵の質が違った。

「今まで自分は絵が上手いと思っていたのに、なんだこれは! 全然上があるじゃないか! こんな世界知らなかった!」と強烈に恥ずかしくなったのを覚えている。

根拠もないのに、生まれてから四年間ずっと「自分は絵が上手い(ドヤァ」と思い込んでいたのだ。

まわりが褒めてくれるのは子どもにとって喜び。赤ん坊の頃までは「ミルク飲んでえらいね」「排泄できてえらいね」だった。それが「絵が上手いね」って。初めて自分の外側を認められたような感覚があるので、強く真に受けてしまったんだと思う。

生まれて四年ちょいで気づけたのは不幸中の幸いだった。「ガーン!」という感覚もちょっぴりで済んだし、卑屈になることもなかった。若いうちの挫折は傷になりにくい。私はすぐに鉛筆を買ってもらい、せっせとその子を真似して描くようになった。

これがもっと大きくなってからの挫折だと傷になるので、「上手い人の絵を見てショック」とか「私全然下手で嫌になる……」とか思ってしまっていたかもしれないし、SNSがあったら吐き出したくもなっただろう。

絵は誰でも描けると思っている

自分が小さい頃から当たり前に絵を描いていると「絵だったら自分にもそこそこ描けるはず」みたいな感覚があると思う。

なのに実際描くと描けないので、このギャップでしんどくなる。

バッティングセンターで100キロ打てなくても「うわー速い! 打てないよ! 私は野球やったことないし、打てなくても当たり前だもんね」みたいに、打てなすぎて面白い、を楽しむことができる。

初めてプレイした死にゲーですぐゲームオーバーになっても「初見殺しじゃん! さすが死にゲーだな、やってくれるぜ!」とゲームオーバーを楽しむことができる。

なのに絵となると「なんで上手く描けないんだ……やっぱり私は才能もセンスもないからだ」ってなってしまうの。なんでか絵なら描けると思ってるの。

"絵なら描けるはず"なのに実際は描けないので、思考と出力にギャップが生じてしまう。パソコンで作った書類がプリンタの不具合で出力できない感じ。当然脳がエラーを出す。混乱する。

そこで脳がつじつまを合わせるために、

「実は、自分は才能もセンスもなかったんだ。だから描けなくても仕方ない、エラーの原因はこれです」

「私は練習する根性もないダメ人間なんだ……。だから描けなくても仕方ない、エラーの原因はこれです」

と自分で自分に言い訳を用意しなければならなくなる。これがまわりから見るとド卑屈に見える。

自分の取り柄は絵しかないと思っている

小さい頃からソフトボールの選手で活躍して、高校では軽音部でギターを弾けるようになり、成績も優秀でいい大学入って、夢だった仕事に就いて、趣味もアウトドアから映画鑑賞までいろいろたくさんあって、好きなアニメの二次創作もする、毎日があっという間、という人は、Twitterで「絵が下手でつらい……」とはならないと思う。

取り柄がいっぱいあれば、アイデンティティが絵に全振りされない。

でも成績も中くらい、他に趣味もない、がんばって長く続けたこともない……となると、"誰でも描けて"、さらに"小さい頃からなんとなく続けている唯一のこと"である絵を取り柄にしたくなってしまう。

そうなると、もし絵で挫折したら全部無くしてしまうことになる。自尊心の危機。

そりゃあSNSで病みもします。

ここに絵で病まないためのヒントもある

ということは、上に書いてきたことを踏まえれば"絵で病まないためにどう考えればいいか"のヒントになる。

自分が楽になったきっかけは、

  • 「そもそも、なんで自分は絵が上手く描けると思ってんだ?」と考えてみた
  • 絵の他にも褒められた記憶を思い出してみた
  • 他にも自分のアイデンティティ(取り柄)を作ってみた

美大受験(したんですよこれでも)の反動で大学時代は一切絵を描かず、スポーツ、音楽、学業、演劇、旅行にアイデンティティを振り分けて過ごした。

そして「なんで根拠もなく『自分は絵が上手い、描けるはず』と思いこんでいたんだろう?」と考えてみたのだ。

「ああ、小さい頃に初めて褒められたことだからかも。高校までは絵を描くとまわりから評価されてたし。だからかぁ。なーんだ、かわいい思い込みだなあ」

そう気づいたときにとても楽になった。

絵なんかもともと上手くないし、すごい人に比べたらたいして努力してないんだから上達しなくてあたりまえだし、「自分の取り柄は絵しかない」とか思わなくていいんだ。

私はそう考えたことで悩まなくなったし、SNSでグチも言わなくて済むようになった。

仏教の考え方だけど、やっと"執着(しゅうじゃく)を捨てた"という感じ。

あまりに悩み深かったので大学では仏教の勉強もしました。(心理学や脳科学に通じる部分が多いと感じたので。)

もし悩んでいる方がいたら、仏教の考え方をさらっと勉強してみるのもとてもおすすめです。考え方がシンプルだから悩みが整理され、びっくりするほど楽になる。

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