
先日、pixivで衝撃的なものを見てしまった。
「無断転載禁止です」と明記しているユーザーへのコメントで、
「○枚目のイラスト、Twitterのアイコンに使わせてもらいました! 無断転載禁止だそうなので報告しますね♪」
「転載はご遠慮ください」と明記しているユーザーへのコメントで、
「大丈夫、遠慮なんかしませんよ♪ Twitterのトプ画に使わせてもらいますー!」
おーい! 日本人にも日本語が通じない時代が来たぞ!!!!
「無断転載」について新たな対策を考える時代が来たのかもしれない。
「転載禁止」を分かりやすく伝える注意書き
転載は、こっちがまず「禁止」と示しておくことが重要。
「禁止」と明言しておかないと、「禁止って書いてないじゃん」と言って逃げることができてしまうからだ。
強めに、シンプルな言葉で注意書きをしておこう。
画像の転載、複製、改変等は禁止します
画像の転載、複製、改変等はいかなる場合も禁止
こちらの意図をなるべく正しく伝えるためのポイントは、
「無断転載は〜」と書いてしまうと「無断じゃなきゃいいんでしょ?」という人が少なからずいるので「無断」は書かない。
「転載はやめてくださいね」「ご遠慮ください」みたいな優しい文面だと「頼んだら許してくれそう」「しても怒られないだろう」と思われてしまうので言い切りの形で。
長いと読まない人がいるので、短い言葉でプロフィール欄のいちばん先頭に記す。
あとは、人の絵を転載して自分の絵だと言い張る人もよくいるので、
転載、複製、及び自作発言を禁止します
もしネットリテラシーの低い人が多いコミュニティなら、
私の絵をアイコン、ヘッダーなどに使用しないで下さい。
私の絵を保存してTwitterなどに投稿しないで下さい。フォロワーにおすすめしてくださる場合は、RTでお願いします。
英語の注意書きの文面については、こちらの記事に詳しく書いた。
転載を見つけて注意すると、泥棒呼ばわりされたと感じるせいか感情的になって逆ギレしてくる人も多い。
実際、そういったトラブルはSNSではひんぱんに起こっている。
顔も分からない相手とのいざこざってものすごく疲弊するので、トラブルに巻き込まれにくくするためにも最初からプロフィールに注意書きを添えておこう。
またイラストにサイン(SNSのIDやURL)を入れておくのも、ある程度無断転載を防ぐ効果がある。
無断転載を防ぐには……
- クラスタの理解度に合わせた注意書きをする
- 英語でも注意書きをする
- イラストにサイン(SNSのIDやURL)を入れる
新しい作品の発表の仕方を考えてみよう
イラストをTwitterにアップしないという選択
インターネット初期、イラストをアップしたり交流したりできたのはPCが使えてプロバイダと契約しネット回線に接続できる、ほんの一握りの人たちだった。
今は「インターネットとか全然わからないけど自分のスマホに絵が勝手に流れてくるから保存して使ってるけど何か?」という感覚の人も多い。
なので、転載に対応するのが疲れてしまったというような場合は「Twitterに絵を載せるのをやめる」というのも一つの選択かと思う。
「えっやだ! せっかくたくさん見てもらえてるのに!」「私は悪くないのに、転載ヤローのせいで自分の居場所を失うなんておかしいじゃん!」って思うかもしれない。
でもTwitterって、言うほど良い場所だろうか?
Twitterはすぐにいいねがついて拡散されるので確かに気持ちがいいけど、誰が描いたとか誰の作品とかはどうでもいい、コンテンツ消費の世界。
自分の作品が、いいねをつけられ拡散されながら転載されてもみくちゃにされて、作者の手の中から剥ぎ取られていく、それだけのツールなのかもしれない、と最近は思う。
「100日後に死ぬワニ」という作品も大きな話題になったけど、結局作者の手の及ばぬところで炎上してしまった。
作者は、だいじな作品が持ち上げられて落とされて、非難されて、深く傷ついたのではないかと思う。
Twitterの「共感ビジネス」の是非について書いた記事はこちら。

そんなものに巻き込まれて疲弊するのは、割りに合わないんじゃないかな。だいじなあなたとだいじな作品なのだから。
もっと不便に絵を見てもらう、という選択
そもそも、イラストを見てもらうのって、もっと、もったいぶっていいと思う。
時代に逆行して、不便にしていってもいいんじゃないかと思う。
ネットに作品を載せるのはサンプルだけにして、デザインフェスタ(通称デザフェス)やクリエイターズマーケット(通称クリマ)みたいなイベントで販売するようにするとか。

二次創作でも、一般人の目に触れないようTwitterでは交流だけにして、作品を作るのは即売会のみという、昔ながらのやり方に戻している人も多い。
pixivのBOOTHというサービスを利用すれば、通販も自分で簡単にできる。

クリエイターの心の安寧のためにも、ちょっと作品の発表の場を考えるべき時代なのかなと思っている。