Twitterでネガティブ発言やめたい…と思ったので試してみた方法

Twitterで愚痴やネガティブ言わない方がいいってよく言われるけど、自分のアカウントなんだし好きなこと言わせてよ!吐き出してスッキリしたいんだよ!

と限界な人向け【Twitterで愚痴やネガティブいくら吐き出しても気持ちはスッキリしないんじゃないか説。それよりもメンタルを整えるシンプルな方法を試したほうが効率よかった。】という記事。

「頑張ってるのに下手でつらい、才能ない」

「描いても見てもらえないから意味ない、私はどうせダメなんだ」

「……みたいな愚痴やネガティブをTwitterで言うのってうざがられるし、あんま言わないほうがいいんじゃない? 聞いてて気持ちよくないし、グチかっこわるい。自分の機嫌は自分でとるべき!」みたいな風潮ってある気がする。

これに対して自分は「ネガティブくらい好きに言わせてよ! いやなら見んな! 吐き出してスッキリするくらいいいじゃん!」と長らく反発を抱いていた。

でも、愚痴やネガティブ言って、自分は本当にスッキリできてるのか? と考えてみたら、そうでもない気がしてきたんだよね……むしろよけい悪循環にハマる気さえする。

※「自分は吐き出すとかなりスッキリして楽になるよ」という人はそれで解決なので、これ以上読まなくても大丈夫な記事です。

メンタルを立て直すには何かもっといい方法があるのでは? といろいろ試して「自分の場合は結局これかも」と一つの結論が出たので記事にしています。

Twitterはストリートミュージシャンみたいなもの

Twitter(他SNSやブログもそうだけど)で何か言うのって、「誰かに聞いてほしい。誰かが聞いてくれたらいいな」みたいな、ストリートミュージシャンみたいなもんなのかも、と最近では思う。

「もし誰か一人でも聞いてくれてたらハッピーだな!」という気持ちで発信するなら、自分もハッピーだと思う。たまたま聞いてくれた人もハッピーな気持ちになるかも。

けど、「誰かに聞いてほしい! ここにいる人には聞こえてるはずだけど、どれくらい本気で聞いてくれているのかな? 誰かの心には届いているのかな? ああ誰もリアクションしてくれない……うるさいと思われているのかも。ちくしょう、知るかよ! 誰か聞いてくれ!」みたいな気持ちで発信するのでは、とてもお互いハッピーとは言えない。

誰とも目線を合わせていないことで「誰も分かってくれない」と不安や疑心暗鬼になってしまうし、受け取り手がいない言葉をたくさん発信しても、声が枯れて、全部虚空に吸い込まれていくだけで疲弊する。

人って社会性のいきものだから、やっぱりこれではしんどい。

※何か悩んで誰かに聞いてほしい場合、友だちに時間をとってもらって話を聞いてもらうとかなら孤独なストリートミュージシャン状態ではないので、楽になって気持ちの整理がつくこともありそう。

愚痴やネガティブって吐き出しても収まらないのでは?

愚痴やネガティブを一通り吐き出して「あースッキリした! スッキリしたからまた楽しくがんばれそう!」って私はならないし、そういう人もあんまり見かけない気がする。

一回ネガティブ言うとクセになっちゃうのか、いつもネガティブ言うようになったり。(昔の私です)

一度何かにキレると怒りが収まらないのか振り上げた拳を下ろせなくなるのか、ずっと機嫌が悪くなったり。(昔の私です)

あとは「さ、もうグチ終わり! 切り替えなきゃね! がんばるぞー!(切り替えたって言っちゃったし、もう当分ネガティブ言わないようにしなきゃ……)」みたいに無理しちゃったり。(昔の私です)

ネガティブなことを言うとよけいネガティブになる?

これじゃ、愚痴やネガティブって吐き出しても収まらないのでは? むしろ悪い効果があるのでは? と思えてくる。

泣くとよけい悲しくなる、というのはよく言われる。

だったら怒るとよけい腹が立つんじゃないだろうか。

だったら、ネガティブなことを言うとよけいネガティブな気持ちになるってこと?

ネガティブを言うことで、わざわざ自分で自分のネガティブを加速させている。

なんで自分はそんなことしてしまうんだろう?

すべての感情には目的がある

ちょっと前にはやったアドラー心理学では、「すべての感情には目的がある」とされる。

たとえば、人が怒るのは、

イライラすることがあってストレスがたまっている

ストレスを何かにぶつけたい、という欲求が湧く

ぶつける標的を探す

いざ怒る(目的達成!)

ストレス解消のために怒りたいから、それをぶつける標的を探して怒っている、ということ。

職場でキレてくる上司は別に部下のミスで腹を立てたわけじゃなく、家庭で奥さんとケンカしてイライラして、それをぶつけるために部下のミスを利用した、みたいな感じ。

刺激ほしさに自分をいじめてメンタルを傷つけてしまう

怒りたいから、怒る理由をわざわざ探して怒る。

となるとネガティブな気持ちになるときって、ネガティブになりたくてなっているのかも。

「自分は劣っていてダメな人間なんだ」というみじめな気持ちを味わいたくて、わざわざ"みじめな気持ちになれる理由"を探してきてるんじゃないか。

これに思い至ったとき、「あ、これ私やってるわ」とすごく心当たりがあったのだ。

みじめな気持ちに浸って、それを楽しんでいるようなところがあった。

受験期にメンタルが追い詰められた友人が、同じようなことを言っていた。

「最近、夜寝る前に私はあれもできないこれもできないダメな人間だって考えて、みじめさで頭をいっぱいにして、イジイジ泣くのが楽しみみたいになってきちゃってて、やばいよね」って。

脳にとって刺激は善悪関係なく気持ちいいから、イジイジ泣くのも脳にとっては快楽。一回そこに入るとなかなか出られない。

ちょっと待って、これ精神的によろしくないんじゃなかろうか。

愚痴やネガティブ言うのって、スッキリして楽になるどころか、刺激ほしさに自分をいじめてメンタルを傷つけてしまう行為なのでは?

悩みを解決するより、メンタルが弱ってる原因を解決するほうが早い

「自分は劣っていてダメな人間なんだ」という悩みは解決できない。なぜなら、メンタルが弱っているためにみじめな気持ちを味わいたくて、みじめに浸るために、解決できない悩みを無理やり探してきているのだから。

メンタルが弱っているために、自作自演みたいなことをしてしまっている。

だから、悩みを解決しようとするよりもメンタルを立て直したほうが早い。

自分はメンタルのことで迷ったらフィジカルな考え方を積極的に参考にすることにしている。なぜならシンプルで行動に移しやすいから。

「精神的なスランプからは、なかなか抜け出すことができない。根本的な原因は、食事や睡眠のような基本的なことにあるのに、それ以外のところから原因を探してしまうからだ。」

落合博満『コーチング』ダイヤモンド社 2001年

ネガティブなことをTwitterで言いたくなったら、この5点をチェックしてみるようにした。

  1. 空腹または食べすぎ
  2. 寝不足
  3. (上の二つを原因とする)体調不良
  4. ホルモンバランスの周期的なもの
  5. 現実的に何か大きな心配事がある(仕事、家庭、お金など)

「あ、そういえばちょっとお腹が空いてるもんな」「寝不足が続いてるから不調ぎみ。そのせいかも」とか理由が見つかれば、ネガティブなことを言い始めて自分のメンタルをこれ以上傷つける前に、だいぶフラットな状態まで戻すことができるようになってきた。

しっかり食べてしっかり寝る、をやっています

ネガティブを吐き出したはいいけど次の日恥ずかしくなって、「昨日はTL荒らしてごめんなさい……しばらくツイ禁します……」ってなったり「私はこういうネガティブな人間ですから! これからも言いたいこと言うし! イヤならフォロー外してくれていいし!」となぜか逆ギレしたり、何も言えずツイ消し、垢消ししてしまうパターンだったり、私もこれ全部やってきたんだけど。

「お腹が空いてた上に寝不足で疲労が溜まり、イライラしていた」みたいなごく原始的な理由でメンタルが弱っていた

"みじめな気持ちを味わいたいあの遊び"をやりたくなってついTwitterでネガティブ発言しちゃった

ご飯食べて一晩寝たらメンタル正常化したから、我に返って昨日のネガティブ発言が恥ずかしくなっちゃった……/////

ってことなのかもしれない。シンプルすぎる。

でもこの感情のシステムが分かってなかったから、何度も同じことを繰り返しちゃってた。今思い出すと恥ずかしいな……。

なるべくメンタルをフラットに保つため、やってみていること
  • バランスよく食べる
  • 7時間以上寝る
  • 筋トレ
  • ネガティブ言いたくなったら空腹・寝不足・疲労(とホルモンバランス)をチェック

※特に自分の場合はホルモンバランスの周期的なもので衝動的な言動をしてしまうことが多かったので、カッとしたらヘルスケアアプリでチェックしている。「ああ、今怒りっぽくてもしょうがない時期だな」と分かると、衝動のままに行動してしまって後悔することも少なくなってきた。

気持ちよく食べて気持ちよく寝て、心配事に対しても自覚的に暮らすよう心がけて、その上でまだ言いたい愚痴やネガティブがあるならば、それは自分いじめのための有害な愚痴やネガティブではなく、別に言ってもかまわない愚痴やネガティブなんだと思う。

そういうのは我慢しすぎず言ったりします。

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