"自分の絵柄が決まらないよ!"3つのパターン、それぞれの解決法。

「自分の絵柄がころころ変わってしまい、定まらなくて悩んでる……」「どの絵柄でいくか決まらない」「描くたびに絵柄が違ってしまう。統一したいのに……」

という人向け、【絵柄が定まらない理由と、絵柄の決め方】についてまとめている。

"絵柄が定まらない"という悩みには、3つほどパターンがあるようだ。

  • 好きな作品や絵師が多く、あっちこっちで影響されてしまう
  • 描きたい絵柄と得意な画風が違うので迷っている
  • 描くたびに顔が違ってしまう

パターン別に、【絵柄が定まらないお悩みの解決法】についてまとめた。

絵柄・画風が定まらないお悩みパターンと解決法

好きな作品や絵師が多くて自分の絵柄が決まらない

よく聞くのが、"憧れの絵師が複数いて、あっちこっちから影響を受けてしまって自分の絵柄が決まらない"というパターン。

あとは、"二次創作をしていていろんな作品にハマってしまい、そのたびに絵柄が変わってしまう"というのもよくある。

こういった悩みは、聞いているとまだ絵を描くという経験が浅い人に多いので、描いている絶対量が少ないために起こっているのではないかと推測する。

なぜ、描いている絶対量が少ないと絵柄が決まらないのか。

大ベテランのミュージシャンである細野晴臣が、こんなことを言っている。

中庸っていうのね。これは、お釈迦さまの言った一番大事な教えなんだけれども、それは、あっちにもいかずこっちにもいかず真ん中を歩くということじゃなくって、あっちとこっち、その両方を行かないと真ん中にならないよ、という教えなの。

細野晴臣『分福茶釜』平凡社ライブラリー(2015年)

細野晴臣もロック、カントリー、テクノなど幅広い音楽ジャンルを手がけ、その結果として「これぞ細野晴臣」という音楽性を確立している。

あっちこっちにブレまくり、"振れ幅"を作ることで、初めて"真ん中"が決まっていく、それが"中庸"なのだという。

自分にしっくりくる"真ん中"を決めるには、固定していては決まらない、ということになる。

「あっちこっちに絵柄がブレている……こんなんじゃダメなのでは?」みたいに思えても、それは"真ん中"つまり【自分の絵柄】を見つけている最中の、必要な工程なんだと言える。

細野晴臣だってたぶん、「僕はロックで行くべきかテクノで行くべきか、悩むー! 音楽性が決まらないよー!」なんて悩んでなかったと思う。

「ロック湧く! カントリー新しい! あれもこれも楽しいからやろう!」と(そんなテンションではないと思うけど)大きな振り幅でやっているうちに細野晴臣になったんだと思う。

まずはあれこれ楽しくたくさん描いていさえすれば、ザ・自分が見えてくるんじゃないだろうか。

いっそとことん端から端までブレまくるいきおいで、あらゆるジャンル、好きな絵師以外の絵柄にも手を出していったりすると、幅の厚い【自分の絵柄】ができていくのかもしれない。

絵が上手い人ってけっこう少年マンガと少女マンガ両方好きだったり、一般受けしにくい絵柄の作品にもハマったりしてますよね。

描きたい絵柄と描ける絵柄が違ってしまい、絵柄が決まらない

"ゆるかわ系のふわっとしたイラストしか描けないのに、最近スタイリッシュな絵柄に憧れてしまって自分の絵柄が決まらない……"

"描きたい絵柄と描ける絵柄が違って、お絵描きが楽しくない……"

というお悩みもよく聞く。

「描きたい絵柄に近づく努力をすればいいのに、それはしたくない」

「自分の描ける絵柄で描いてても楽しくないけど、理想の絵柄に近づく努力も楽しくない」

ということなら、そもそも絵を描くこと自体をそこまで好きじゃないのかもしれない。(それとも、今ちょっと絵を描く熱量が減ってるのかもしれない。)

自分もそうだったんだけど、小さい頃から唯一続いていることだからなんとなく続けている……くらいの感覚で絵を描いていたので、自分の理想の絵柄に向かって努力するまでの熱量は持てず、似たような感じで「なんか楽しくないな……」とくすぶっていた。

そこで私が自分の胸に聞いてみて思い当たったのが、

"趣味や特技が他にないから、絵をやめるわけにはいかない。絵を描くのをやめると私には何もなくなっちゃう……"みたいな焦り・不安を抱いて、むりやり続けているだけなのでは?

ということだった。

心理学には【一貫性の原理】というものがある。"一度始めたことは続けなきゃ"という心理のことだ。

人は自身の行動、発言、態度、信念などに対して一貫したものとしたいという心理が働く。この心理を「一貫性の原理」と呼ぶ。

Wikipedia-一貫性の原理

「やめるのがもったいない」「長続きしないなんてダメな人間だ」「見てくれてる人もいるし……」という理由でなんとなく続けているけど、本当はたいして好きじゃない、だから努力もしたくない、苦痛だ、だけどやめるわけにはいかない……。つらい、しんどい……。

人は、そういうふうに考えて自分で自分の行動を縛ってしまうものらしいです。

だから「へー、人間にはやめられない心理があるんだなあ。あほくさ。じゃあやめてみよう」くらいに考えていいと思う。

実際自分も、気が済むまで絵を描くのをやめてみたことがある。

自分は美大受験を経験しているのだけど普通の大学へ進学し、反動で4年間スポーツと旅行と演劇サークルと音楽サークルと座禅サークルをやって、絵を描くことをまったく忘れて過ごした。

せいせいした! 絵なんかもう一生描かなくていいわ! と思って楽しく楽しく過ごした。

でもその後同人も再開したし、デザイン関係の仕事をしたしで結局絵を描くところへ戻ってきた。

「なんとしても続けるべき! やめちゃダメだ!」みたいにがんばらなくても、軽い気持ちで休んで、またやりたくなったら軽い気持ちで戻ると楽しいと思います。

「たとえ絵を描かなくなったって、あなたから何もなくなったりしないよ」ということも言いたい。

同じように描いてるつもりが、描くたびに顔が変わっちゃう

"絵柄を変えてるつもりはないのに、描くたびに顔が変わっちゃう"

"絵柄変えた? ってまわりから言われちゃう"

というパターン。

これは、単に"まだ画力が低くて仕上がりが安定しない"ということも考えられる。

絵を描く経験が浅いうちには、誰しも経験することなのではないだろうか。

もちろん自分もそうだったので、こちらの記事に書いてみました。

絵柄を決めることにこだわらなくていい

"絵柄は一つに決めたい"という焦りをとてもよく聞く。

「早く『これは誰々さんの絵!』と思われるように絵柄を確立しなきゃ!」

なんて言うけど、確立しようとしてするもんでもないのでは。と私はいま、感じている。

たくさん長年描き続けていれば、こっちの絵柄でもそっちの絵柄でも、隠したくても自分らしさは出てしまう。

ロックでもカントリーでも細野晴臣らしさが隠せないように。

たぶん、名義を伏せて曲調を変えて映画音楽を手がけたりしても、すぐにネットで「あの映画の劇伴、細野晴臣では?」みたいに気づかれてしまうと思う。

そういうのは数年やそこらで出てくるものではないと思うので、若輩者の自分は焦らずにブレていたい。

そのほうがきっと楽しいし。

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