「もう絵を描くのをやめたい!」ときの、心の整理のつけかたについて

もう絵を描くのをやめたい! でもやめる踏ん切りがつかない……

絵なんかもう描きたくない、でもやめるのはなんだかもったいない気がして……

という人向け、【絵を描くのを(いったん)やめたいときの、心の整理のつけかた】について。

自分は子どもの頃の通信簿に「コツコツと根気よく続けられる子です」みたいなことをよく書かれていて、それをいいことだと、そうあるべきだと思っていた。でもしんどくてつまらなかった。

年齢を重ねることで、絵に限らず「途中でやめる」という経験が増えてきて、それでいいしそのほうが楽しいと感じている。けれどいまだに、染み付いてしまった「コツコツ続けることが善」みたいな意識が顔を出してきて「本当にやめていいの? もったいないんじゃない?」みたいな考えに取り憑かれ、迷うことがある。

そんなのただのもったいないお化けなので、「何かをやめるとき、気を楽にするために自分が心がけていること」について書きます。

「絵を描くのやめたい」と思うとき

「もう絵なんか描くのやめたい!」ってなるの、こんなケースがあると思う。

  1. 思うように描けなくてずっと下手で、嫌気がさしてきちゃった
  2. 思うように描けないから「自分は才能がないからやるだけ無駄」
  3. 自分の絵が全然認めてもらえなくて、報われないのがしんどい
  4. 絵を描くのに飽きちゃった
  5. SNSの人間関係がめんどくさくて、楽しんで絵が描けなくなった
  6. 仕事や学業が忙しくて時間が取れない、つい無理して体がしんどい

「がんばっているのに報われない」というときに人はどんどん無気力になっていく。

じゃあ「報われる」ってどういうことかというと人によって違うので、まずは自分が絵を描くことでどういう喜びを感じたいのかというのを順序立てて考えてみなければならない。そして自分の望みに応じて方針を立て直す必要がある。

ただ、渦中にいるとそんなに冷静ではいられなくて、そんな気力もなくて、衝動的に「もうやめたい!」という考えに取り憑かれることがある。

そういうときにはしのごの言わずいったんやめてみればいいんだな、というふうに、今の自分は考えている。

なのに「やめちゃうのもったいないかも」「途中でやめちゃうなんて自分はダメなやつなんじゃないか」と思ってしまったりして、なかなか踏ん切りがつかない。そこがいちばんしんどい。

衝動と思考を行ったり来たりするのはたいへん疲れること。悩む時間が長いほど疲弊してしまう。

ものごとを途中でやめたって全然いい

心理学では【一貫性の原理】というのがある。

これは「何か始めたら続けなきゃいけない気がしてしまう。続けることは尊いことであると思ってしまう」という謎の呪い。心理学的な思い込み。もったいないお化け。

脳は現状維持が大好きだから、つまらなくてもやめたくてもまあとりあえず続けたほうが無難だろうと判断しているだけの話。そこに後付けでもっともらしく「継続は人としての美徳であるから自分は続けるのである」みたいに適当につじつまを合わせているだけの話。

子どもの頃から「一度決めたらやり抜きなさい」みたいに大人から言われて育つから、特に真面目な優等生で生きてきた人ほどこの呪いが根強いかもしれない。自分もそうだった。

でも当時の大人たちもたいしてなにごともやり抜いていないくせに【一貫性の原理】に取り憑かれてなんとなく続けるのがいいことだと思い込んで、無責任に「一度決めたらやり抜きなさい」と言ってただけ。

そんな呪いに苦しめられ続けるなんてバカらしすぎる。

まずは「途中で投げ出すなんて自分はダメ人間なのでは!?」というのは単なる思い込み、心のクセである。と、考え方を修正する。

絵に限らず、しんどくなったり飽きたりしたら、途中でやめていいのだ。

いったん始めたことを全部続けなきゃなんて無理な話で、人生がいくらあっても足りない。

それでも踏ん切りがつかないときに、いったんやめるコツ

(いったん)やめることに罪悪感・挫折感を持たずに堂々とやめる

「がんばっても報われなかった……私は絵を描くのをやめるんだ……! やめてしまうんだ……! 本当は続けたかった……さようなら……!」みたいに悲劇の主人公的に引退セレモニーをして盛り上がってしまうと、心にムダな傷ができる。

自分も今までの人生でいろいろなものをあきらめてきたけど、そんな感じでムダに挫折感を演出してやめると自己肯定感が下がるだけでろくなことがなかった。そういう「がんばったのに報われなかった……! 才能もセンスもなくてみじめな私……!」みたいなのってなんか気持ちいいからつい挫折感を演出したくなるんだけど、今の自分はそれは"自分いじめ"だと考えている。

「才能とかセンスのせいにし始めて思考が袋小路に入って変なことなってるな。しんどいから、とりあえずいったんやめよう」

調子の悪いスマホを再起動する感じで、対処法としていったん自分の電源を切るだけの話。と考えるようにしている。

まわりに宣言したりしないでフワッとやめる

あと「やめます!」ってまわりに宣言しないこともポイントかもしれない。というのは、

  • 脳は決断をするのが苦手なので、強いストレスがかかってしまう
  • あとから戻りにくい

別にイラスト業務を請け負っているわけでもないのなら「私は絵を描くのをやめよう!」とかはっきり決める必要もないし、まわりに段取りする必要もない。

また、引退セレモニーをしてしまうとあとから戻りにくい。まあ、恥ずかしいし……。

なので、黙ってフワッと(いったん)やめるのが自分的には合っていた。

Twitterやpixivのアカウントがあるならそのままほったらかしてやめる。

「絵をやめたい!」ってなると関係するアカウント全消ししたくなるけど、真面目な人ほど全部断ち切りたくなると思うけど、Twitterやpixivのアカウントを残すくらいの保険はかけといたほうが、自分の場合は楽に休みやすかった。

「これで全ておしまいだ!」と削除ボタンを押す踏ん切りをつけようとするとすごく負担になるけど、「帰ろうと思えば帰る場所がある」と思えることで、その場を離れやすくなる。

他にも居場所を見つけてからやめる

またSNSで絵を描いてきた人なら「絵を描くのやめたら居場所がなくなっちゃう」というのもやめにくい原因かもしれない。

だったら他の居場所を見つけることで、絵のアカウントに執着する必要がなくなる。

そもそも、居場所は3つ以上あったほうが心が安定するとも言われている。

  • リアルの友人と関わる時間を増やす
  • 街へ出る
  • 他の趣味に没頭する
  • 別のSNS・別のアカウントを作る

やめても戻れる。戻らなくても幸せならそれでいい。

いろいろと書いてきたけど、自分に合う方法がもしあれば参考にしてみてください。

「絵をやめたい!」というときってとにかく衝動的になっていると思うけど、その勢いで全部を断ち切らないことをおすすめしたい。

自分の話をすると、一応の美大受験というものを経験したあと普通の大学に入って「せいせいした! もう死ぬまで絵なんか描くもんか!」と思って四年間絵を描かなかった。スポーツや演劇をかじったり、シナリオ教室に通い、バンドをやって、格安旅行もしまくった。

でも結局しれっと今また絵を描いて、同人活動にも戻って、デザインの仕事もした。ゲンキンなもので、絵を描くのやっぱり楽しいよねみたいなことをブログに書いたりしている。

それがあのときもし「みなさん! 私はもう絵なんか描きません!! 才能もセンスもないから二度と絵なんか描かないのです、悲しいけどさようなら!」みたいに宣言しちゃっていたら、まわりにも自分にも恥ずかしくて戻りにくかったと思うんだよね……。

絵をどうしても描きたければ一時的に逃げたってやめたってどうしても戻ってきてしまうし、たとえ戻ってこなかったとしても、それは別のところで楽しくやれているということだからそれでいい。

「絵なんかやめたい……けどもったいないかも、他に取り柄もないし、続けるべき? でもしんどいんだよな……」と悩んでいる時間は幸せじゃないと思う。

大切なのは"絵をやめるかやめないか"ではなくて"自分が幸せかどうか"なので。

「絵を描くのしんどい、幸せじゃない」と思えば黙っていったん離れてみていいし、いざやめてみて「やっぱ絵を描いてるときって幸せだったかも」と思えば気軽に戻ればいい。誰とも契約なんかしていない。

そのためにも"やめるときは、いったん、フワッと、黙って、軽くやめてみる"といいと思います。

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