絵描きがTwitterでネガティブなツイートをすると損する理由。

絵描きがTwitterでネガティブなツイートをすると損する理由。
絵描きがTwitterでネガティブなツイートをすると損する理由。

「ネガティブなツイートしてると、イラストにもいいねされにくいって本当?」

「なんでネガティブなツイートしちゃいけないの? Twitterなんだから自由でしょ?」

という人向け、【別にネガティブなツイートしてもいいけど、損することはあるかも】という記事。

「ネガティブなツイートが多いと敬遠されがちになるのでは……そうしたら絵も見てもらえなくなってしまうのでは……?」というのはSNSでつい悩みがちなことかもしれない。

はたまた、

「ネガティブなツイートの何がいけないの? Twitterなんだから何を言おうが自由でしょ」

「作品と人柄は別だと認識すべき。作品さえ良ければ関係ないはず」

という意見もある。もちろんその考え方ももっともだと思う。

作品と人柄をすっぱり切り離して見られる人もいれば、切り離せない人もいる

「ネガティブなことは絶対に言うべきじゃない!」なんてとてもじゃないけど私には言えないので、SNSでネガティブなことを言うことで、どんなふうに損するのかについて書こうと思う。

絵描きがTwitterでネガティブなツイートをすると損する理由。

ネガティブなツイートばっかりする人に対して「この人のツイートしんどいな、見たくない」と思ったり「でもリムると悪口言われそうだからミュートにしとこ」とミュートしたりした経験はないだろうか。

当然ながらそれはお互い様で、絵描きの場合、ミュートやリムーブをされたらそこで作品を見てもらえなくなってしまう。

もちろん「見たい人だけ見てくれればいい」という考え方もあるのだけど、もし「私の絵をなるべくたくさんの人に見てほしいな」と思っているなら、絵を見てもらう前にシャッターを閉められてしまったらもったいないことになるのではないだろうか。

今から挙げていくのは、自分も過去にやらかしていた自覚があるものばかり。

自戒を込めて挙げていく。

「私の悪口も言われそう……」

まず、悪口が多い人ってやっぱり敬遠される。

学校や職場への悪口、家族への悪口、電車で見かけたマナーの悪い人への悪口、他の絵師に対しての悪口。

「別にフォロワーの悪口言ってるわけじゃないんだからいいじゃん」

と思うかもしれないけど、なかなかそんなに単純な話ではない。

悪口ばっかり言っている人を見ると「自分が悪口の標的になったら嫌だな」という心理が働いて、居心地が悪くなってしまう。

おもちゃのピストルをパンパン打っている人がいたとき、たとえ自分が標的ではないと分かっていても流れ弾に当たるのは怖いし、身がすくんでしまう。

人によっては、他人が悪口を言われているのを見ると自分が言われているように感じる、ということもある。

"悪口言いまくっている人のそばにいても、な〜んにも感じない"という人の方が少ないんじゃないだろうか。

「いつも機嫌が悪くて怖い……」

また、「自分の機嫌は自分でとろう」みたいな言葉を最近よく見かけるようになった。

今という時代って、あまり人の不機嫌に対して寛容ではない。

"ムスッとしていれば誰かがご機嫌とりをしてくれる"という感覚でいると、「この人いつも不機嫌。気を使わなきゃいけないし、関わると損しそう」という印象を与えてしまいがち。

いつもいつもハイテンションで「ヒューーーー今日も推しの顔がイイーーー!!!」とか言ってる必要はないけれど、

「あー頭痛い、気分わる……」とか、

「人身事故うざ……はー。迷惑かけんなよ」とか、

いつもそんな感じの相手に対しては、やっぱり心が沈まない?

「トバッチリが来そうだし、機嫌が悪い人のそばにいたくないな」と思っちゃったりしない?

「どこに怒りのポイントがあるのか分からない……」

あとは、一貫性のない批判をする人も敬遠されやすいと思うんだけどどうだろうか。

物事に対して疑問を持ったり、自分の意見を言うのはいいと思う。

けど、目につくもの全部批判している"ただの八つ当たり"だと、触るもの皆傷つける、切れたナイフ(©︎出川哲郎)みたいになってしまう。

これだとダブルスタンダードになりがちで、まわりも混乱する。

以前、「芸能人の結婚なんか興味ない。そんなのニュースにする必要はない。もっと報道すべきことがあるはず」とツイートしていた人がいた。

うんうん、それもそうかも、と私は思ったんだけど、数日後その人の推しがYahooニュースに載って「誰こいつ、興味ない」「こんな奴ニュースにすんな」というコメントが殺到。

そしたら「そのニュースを読みたい人間もいるんだから、興味のない人間は黙っておくべき!」と正反対の主張になってしまっていた。

立場によって主張が変わるポジショントークだから、いつ矛先がこっちに向くか分からない。少なくとも自分は「怒りのポイントが分からないから、この人に近づくのは怖いな」と感じてしまった。

「私と同じ闇を抱えている人を見つけた……」

ネガティブなことばっかり言っているとまともな人が離れていくばかりではなく、同じようにネガティブな人を引き寄せてしまう、というのもあると思う。

類は友を呼ぶ、という言葉の通り。だって似たもの同士は居心地がいいから。

悪口ばっかり言ってる人って、似たような人とつるんでいない?

人は同じ闇を持つ者に引き寄せられていくのだ……。

そうすると、もし「私は変わりたい、悪口はやめてもっと楽しく絵を描きたい」と思ってもまわりのネガティブ仲間に引っ張られてそこから抜け出しにくくなったりもする。ヤンキーマンガによくある光景。

"作品と本人の人柄は別"とは言い切れない時代なのかも

ここまで書いといてなんだけど、作品がめちゃくちゃ良ければ人柄に関わらず評価はされると思う。

手塚治虫も嫉妬深く、才能のある若手漫画家をけなして原稿を破り捨てたとか。このエピソードを聴く限り、人柄的になかなか問題がある。

けどあんなに数々のすごい作品を世に残して、すごい漫画家だと高い評価を受けている。

そりゃ、手塚治虫レベルならね? という話です、結局。

また、手塚治虫の時代はSNSはもちろんネットもなく、一般読者に情報が届かなかった。

今はそういう時代じゃないし、我々は手塚治虫ではなくただのTwitterお絵描きマンであるし。

自分の作品は自分でプロデュースしていかなければならない。

「自分の人柄も含め、分かる人だけ見てほしい」というのも自由だし、

売れてから本性を出していってそれが却って支持を集める、ということもある。

だけど、「たくさんの人に絵を見てほしい!!!」と思っているのにネガティブ発言で見てくれる人を遠ざけてしまったら、最初からハードモードになっちゃうんじゃないの!? それって損なのではないだろうか、という話です。

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