イラストの練習は毎日少しずつでもやるべき、ってよく言われるけどどうして? とにかく毎日描けなんて根性論みたいなこと言われても……時間もないしやる気も起こらないよ……
という人向け【イラストの練習を毎日しなければダメなのか? 毎日少しずつやるとどんな良いこと(メリット)があるのか?】について考えてみた記事。
「絵が上手くなるためには、毎日少しずつでも練習しましょう!」みたいな論を見かけるたび、以前の自分はイヤな焦りとおそれを感じていた。反発を抱いていた。
毎日なんてたいへんそうだしめんどくさいし無理だけど、毎日やらないと上手くならないならやらなきゃな…‥ああ、イヤだな……でも本当に毎日描けば上手くなるの? 証拠あるの?
みたいな気持ち。
自分もいたずらに絵を描いて年数だけは長い(美大受験から20年ほど)ので、時期によっては毎日練習していた期間もいちおうはある。
この記事では、
- 毎日練習してみて、自分は絵が上手くなったかどうか
- 毎日描かないと下手になるのか
- 毎日練習してみたことで、どんないいこと(メリット)があったのか
- 結論:自分の好きにすればいい
ということについて、自分の経験を振り返ってみる。
毎日練習してみたことで、即効性はなかった
知りたいことって結局「毎日練習すると上手くなれるの? 上手くなれるならやるけど、上手くならないならやりたくない。だからハッキリさせて。そこんとこどうなの?」ということ。
自分にとっては、毎日練習することで即効性はなかった。
美大受験のために実技の練習をしていたときは当然毎日描いていたのだけど、描けば描くほどドツボな時期(いわゆるスランプ)もあったし「この数ヶ月でぐーんと上手くなったぞ!」みたいなこともなかった。きちんと指導を受けながら絵を描いているのにも関わらず、行きつ戻りつという感じ。「果たして自分は少しは上手くなっているのか? 上手くなっていないのでは?」とずっと強烈な不安しかなかった。
趣味の二次創作でも何度か「1ヶ月毎日描いて毎日更新」とかをやっていたことがあるけど、別に上手くなったという気はしなかった。却って時間に追われて手癖が発展するだけとか、焦って描いていることであとから見ると作画崩壊していたりということもあった。
「毎日練習すれば、ものの数ヶ月で絵が上手くなってヤッター! となるかどうか?」と聞かれれば、自分は決してそうではなかった。というか、そんなうまい話はないよな……というのは誰しも分かっていることだろう。
ただ「20年前のあの頃の経験が今になって少し効いてるかな」みたいなことはごくたまに感じる。
ちょっとだけ過去の自分のがんばりをほめてあげたくなったり、「あのときだってあんなにやれたんだから大丈夫」と自分を奮い立たせることができたりする。その結果、絵を描くことを今まで続けてくることができている。
毎日練習することの意味があるとしたら、自分の場合そういうことだった。
※もしゼロから絵の練習をする人の場合なら最初は急激に上手くなるので、毎日練習することで一気にある程度まで上達するということもあるのかもしれません。
毎日描かないと下手になるわけでもない
かと言って「毎日描かなければ下手になってしまう(画力が落ちてしまう)から毎日描かなきゃダメ!」ということもない。
と、自分も20年の間に何度かブランクを経験してみて、そう感じている。
一度自転車に乗れるようになると、長いこと乗らなくても乗れなくなることはない。自分にとってはあの感じに似ていて、最初ちょっと勘を取り戻すのに時間がかかるだけで、描けなくなることはない。全然勘が取り戻せなくてそれっきり、ということもない。
なので「ちょっとでも休むとやばい、毎日描かなきゃ!」「昨日休んじゃった、最悪だ、振り出しに戻ってしまった」とかと思い詰めなくてもいいと思う。
毎日描くことでどんなメリットがあったか
「毎日描いてもぐーんと目に見えて上達するわけでもなければ、しばらくサボっても画力が落ちるわけでもないんでしょ? じゃあ毎日描く必要ないよね?」
と言われれば、まあ、ない。自分が提示できる範囲では、めざましい根拠はない。
しかし当然のことながら、毎日練習することに何一つメリットを感じなかったわけではない。
自分が毎日描いていた頃に感じた「メリット」について挙げてみる。
毎日描くと、面倒になりにくい
いくら絵を描くのが好きで楽しいとは言え人間ってやっぱり楽な方に流れるので、いったんとぎれると「やらなくていいならやらなくていいか」になりがち。
練習を長く休めば休むほど、次に腰を上げるのが面倒になる。「よっこらしょ」がたいへんになる。
毎日描くことでこの無駄な「よっこらしょ」がなくなる、というメリットがあった。
ダイエットにたとえると、毎日体重計に乗ることで「めっちゃ増えてたらどうしよう……しぬしかないんだけど……」みたいな無駄な恐怖がなくなるのと同じ感じのアレ。
毎日描くと、とりあえず量を積み上げることができる
なんでもモノにするにはまず10000時間やること、みたいなのが一つの説としてある。
細かいことは置いておいて、量を積み重ねるのが大切なのはそれはその通りなわけで。
絵を描いている人はみんなとっくに身にしみて知っていることだと思うけど、少ない労力で要領よくなんてうまい方法はない。そもそも、まず量をこなさないと質の上げ方もわからない。
となるとじゃあ、まずはなるべく多く時間を積み上げたい、ということになる。
とにかく時間を積み上げていくには、毎日少しずつやるのが続けやすい。
まとめてやるより毎日少しずつの方が無理がなかった
当たり前なんだけど、毎日1時間でもできれば10日で10時間、一ヶ月で30時間。
それをたとえば毎週日曜日にまとめてやろうと思うと、一回あたり7時間ちょいやらなければならない。
毎週お休みの日に7時間取れるかと言ったらたぶん取れないし、日曜のたびに「さあ、今日も7時間やらなきゃ」となるととてもしんどい。自分はできない。腰が上がらなくて「やらなきゃ……」とダラダラして結局やらず、自己嫌悪に陥るのが目に見えている。
7時間ぶっ続けでがっつり練習できたとして、肩はこるし目は疲れるし、ダメージが残る。
さらに、もしその日曜日が自分の調子が悪い日だったら。「あー今日調子悪いな……でも練習できる日は今日しかないし無理してでもなんとか7時間はやらなきゃ」となって、心身共に追い込まれてしまう。
あとはそれこそ「ガッツリ7時間やったぞ!」という達成感を感じすぎてそのあと一ヶ月くらい描かなくなってしまったり。
無理をすると必ず反動って起こってしまう。
こまぎれ時間をかき集める戦法でやっていた
毎日1時間と言っても、働きながら家事をしながら家族のことをしながらだと、毎日1時間ですら、何にも邪魔されず集中して取り組むっていうのは難しい。
なので、こまぎれ時間をかき集めて1時間にする戦法を採っていた。
ご飯が炊けるまでの10分、家族がお風呂から上がるのを待つ30分、あとはソシャゲのスタミナが回復するまでとか、今までスマホを見て何となく潰していたような時間を使ってみると、けっこう1時間ってかき集めてなんとかなるものだったりする。
毎日描くと、【習慣】にすることの強さがある
【習慣】にすると強いよ、みたいなこともよく聞く言葉だけど「具体的にはどういいの?」と言われると自分の場合はこんな感じ。
毎日の調子の良し悪しが分かるようになる
ほぼ毎日描いていた頃は、自分の調子の良し悪しのささいなブレみたいなものに気づくことが多かった。
自分は毎回絵を描く前にキャンバスのはしっこにクルクルっとマルを描いたりするんだけど、なぜかたまに上手く手が動かない日や肩に力が入ってる日やら、調子が悪いとそれが分かる。
「昨日はいい感じに力が抜けてたのに、今日は変に力が入ってるな、あー、長時間壁に寄りかかってゲームしてたからなあ……」
「今日は首から腕にかけてぎこちないな、ちょっと力んでしまっているのかも」
そうすれば力んだまま描き始めて「上手く描けない! どうしてだ! 下手になってる!?」と焦ることも少なくなるし、体をほぐすために少しストレッチをしたりしてから仕切り直すこともできる。
それでも調子が悪ければ「そんな日もあるよね。今日は調子悪いなりにやろう(もしくは休んじゃおう)」と調子に合わせて加減もできる。
無理がないし焦らないので、気が楽になる。続けやすくなる。
やる気を次へつなげていく効果がある
やる気物質のドーパミンは目標を達成したときに出る、というのはご存知の通り。
ドーパミンのかわいいところは、ほんのささやかなことでも達成すれば出てくれるらしいということ。
ラジオ体操のハンコとかソシャゲのデイリークエストなどもそのシステムで、"小さい目標をこまめに達成していくことで次へのやる気をつなげていく"という効果がある。
「毎日1時間だけでもやろう」と決めてそれを達成すると「よし! 今日もやってやったぜ!」という達成感とともにドーパミンが出て、とても気持ちいい。
そのドーパミンでやる気がアイドリング状態になり、次の日も無理なく続けることができる。
しかし一週間とか一ヶ月とか間を置いてしまうとまたドーパミンを出すところからやらないといけないので、「やらなきゃいけないけどなかなかやる気が出ない」「やる気を出すやる気が欲しい」みたいに時間がかかってしまう。
※医学的な知識はないので、ざっくりと感覚で書いています。
「とは言っても、毎日は描けないよ……」そりゃそうだよ!
とは言っても毎日は描けない。だって、体も心もそんなにヒマじゃないよな!
仕事や家事もあるし、やる気が出ないこともあるし。
【ほぼ】毎日ということにして、数日間でバランスを取る
何でもそうだけど、絶対に、1日も休まずに、というわけではなく、【ほぼ】毎日(できる範囲で)、ということでいいんじゃないか。毎日きちきち同じ時間練習しなくても。
「昨日はバタバタしてあんまりやれなかったから今日は長めにやろう、今日は調子もいいし時間もあるし」
「今日は仕事でぐったりしててしんどいな、昨日ちゃんとやったし今日は休もう」
みたいな感じ。
なにせとりあえず10000時間(仮)なので、長い目で見て無理せず続けることを第一に考えなければやってられない。これからずっと、人生の何割かを絵の練習に使うつもりでやっていくのだから……。
やる気が出ないときは過去絵のリメイクをしてみる
自分の場合はだけど、一から描き始める瞬間にいちばんMPを使う気がする。
なのでMPが足りないようなときは過去絵のリメイク作業でお茶を濁すのだけど、これがなかなかいいと感じている。
- 線画(ペン入れ)をやり直してみる
- 今の技術で色を塗り直してみる
- 下書きのまま置いてあったものにペン入れしてみる
- 線画までできているものを完成させてみる
など。
「絵の上達のためには必ず完成させるべし」というのもよく言われるしもっともだと思うけど、自分は「やる気が出ないとき用」「気が向いたときに完成させる用」として途中のものをいくつか残していたりする。
めんどくさくならないコツを駆使する
自分はとてもめんどくさがりで気まぐれだから、何事もすぐに取りかかれるように「あとはやるだけ」まで準備をしておくクセがついている。
「さあ描くぞ、今日は何を描こう……あっペンの充電切れてた」みたいな感じだとめんどくさくなって絶対やらないタイプなので。
- 何を描くかは前もって決めておく
- キャンバスはテンプレートを作っておく
- 使う機器の充電は済ませておく
など、絵を描く前のごちゃごちゃを極力減らすようにしている。
「毎日練習がんばるぞー!」と宣言しない
「毎日がんばるぞ!」とTwitterで宣言するのも良し悪しかも、という記事を以前書いた。
「がんばるぞ!」と言うとそこで達成感を早どりしてしまい"やってないのにやった気になってしまって続かない"ということがあるようだ。
「絵の練習、連続何日目!」とかTwitterで報告するのも、自分への励みにもなるのかもしれないけど、逃げ場を失って焦りにつながるようではしんどくなってしまうよなーと思う。
"絵の練習=何か特別なことをがんばっている"という感覚ではなく、本当に毎日の習慣になってしまえばTwitterで報告する必要もない。
絵は自分が好きで描いているだけ
昔、美大受験のために焦っていた頃の自分は、
「毎日なんてやりたくないし無理だけど、毎日やらないと絵が上手くならないのだとしたらそれは嫌だな、でも毎日練習するなんてめんどくさいしたいへんそう……第一よお、毎日練習すれば上手くなるって証拠はあるのかよ! 証拠出せ証拠! 証拠があるならやってやってもいいぞ!」
いう気持ちだった。(ぶっ飛ばしたくなる)
今は趣味だけで描いているからやりたくないならやらなくてもいいのだけど、そもそも美大受験だって自分が決めて自分で選んだことなので誰に強要されていたわけでもなかった。
毎日描きたければ描けばいいし、つらくてもどうしても描きたければたぶん描いてしまうし、描きたくないならやめればいいのだし。
「毎日練習しなきゃいけないのか?」と考えてみたところ、結論としてはそういうことになった。