「絵が下手すぎてつらい……」まちがった完璧主義から脱却しよう。

「自分の絵が下手すぎてイライラしてしまう…」

「上手く描けないなら、絵なんか描いても意味がない!」

と思ってしまう人向け、それって危険な【まちがった完璧主義】なのでは? ということについて書いている。

「自分の絵が下手すぎて泣きたい」とか「下手すぎてもう描くのやめたい」という声をよく目にする。

絵を描いてる人で、悩んだことないなんて人はいないと思う。

けど、そればかりにとらわれてしまい「どうせ私は何やってもダメだよ!」とか「どうせ私は何の取り柄もないんだよ!」みたいになってしまっていないだろうか。

それってあの、極端な思い込みによって生きづらくなるでおなじみの、【認知の歪み】ってやつじゃない?

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/認知の歪み

ムダに自分を苦しめる【認知の歪み】、その中の【まちがった完璧主義】に気づいて、つらさから抜け出す方法について書いていく。

つらさの元は【ゼロか100か】、【黒か白か】思考

【認知の歪み】については、たびたびSNSでも話題になるので知っている人も多いだろう。

極端な思い込みによって自分で自分を苦しめて悩ませ、わざわざ生きづらくしてしまうこと。

一度失敗しただけなのに「やっぱり自分はダメなやつだ」と決めつけてしまう【過度な一般化】とか、「あなたの絵が好きです!」とリプをもらったのに「どうせお世辞だろう」と思ってしまう【マイナス思考】など、【認知の歪み】は全部で10種類あるとされている。

詳しくはwikiにもまとめられている。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/認知の歪み

その中でも絵描きに多い気がするのが【ゼロか100か思考】。

「絵が下手だから私は描く意味がない、描くのやめたい」みたいな、まちがった完璧主義(二分法思考)のことだ。

【まちがった完璧主義】の絵描きの特徴

完璧主義自体は悪いことでもなんでもない。

「背景めんどいし描かなくていいや」「効果線はみ出したけど別にいいや」よりも「もっと良くするために背景もがんばろう!」「なるべく見やすいように線を整理しよう!」のほうがそりゃいいに決まっている。

問題なのは【まちがった完璧主義】だ。

ろくに練習もせず、最初から上手い絵を描こうとしてしまう

誰でも下手な時期があり、たくさん描くことでじわじわ上手くなっていく。

でもまちがった完璧主義の人は、そのじわじわが許せない。

ろくに練習も経験も積まず、最初から上手く描こうとして描けずにイライラしたり、最初からいいねがつくことを期待して焦ったりする。

下手な絵を描く自分が許せないし、その下手な絵にもイライラする

絵を描くのが嫌になる

当たり前だけど、上手くならない

「上手く描けないなら描く意味がない……はあ……Twitterやめます……」

こうしてみると、完璧主義があまりにも傲慢だということに気づくと思う。

絵を描くこと以外にも、この傲慢ループによって生きづらくなっているような心当たりはないだろうか?

いいねなど、他人からの評価を気にしすぎる

また、完璧主義が自分だけで完結する人というのは少なく、たいていの場合は他人からの評価に依存してしまう。

描いた絵に、ちょっと何か自分の理想と違うことを言われたら烈火の如く怒り出したり、「反応が少なくて描く気なくしました」とか言って空気をどよーんとさせたり。

自分の中に自分なりの"完璧"があってそれに向かってコツコツ努力するのではなく、「私は完璧でありたいので、みなさんも私を完璧だと評価してください。みなさんの評価が私の完璧を作ります!」という感じ。

【絵の評価依存症】の人がこのタイプかも。

つまり、【絵の評価依存症】の人たちも、まちがった完璧主義に陥っているのだ。

まちがった完璧主義は他人にも厳しい

完璧を目指してがんばるストイックさが自分だけに向いているならいいけど、まちがった完璧主義の人はたいてい他人にも厳しい。

自分に厳しい以上に、他人に厳しい。

「ここが描けてないじゃん」「こいつバストアップしか描けないのかよ」とか「下手なくせになんでいいねがつくの?」とか、心の中で他人の絵に対してイライラしてしまうことも。

下手でも楽しく絵を描いている人を「下手なくせに。ヘラヘラしてないで努力しろよ」と軽蔑しがちで、急にキレて知人関係をブロックしたりと、まわりからしてみたら情緒不安定に見える。

他人の下手な絵に対する辛辣な批判はそのまま自分にもグッサグサに刺さるので、まちがった完璧主義の人はロクに絵も描かないのに毎日毎日傷ついていき、疲弊していく。

なぜ完璧主義になってしまったのかを知り、解決する

「私もそれかも!」と気づいたら、一刻もはやく抜け出そう。

でもどうやって?

これは一概には言えないけど、まちがった完璧主義は家庭環境(親のたいど)や学校生活によって身についてしまうと言われている。

テストで98点を取ったのに「なんで100点じゃないの? なんでこんなところ間違えたの?」と親に責められたり。

学校で掃除の手落ちがあって、担任に吊し上げられてこっぴどく恥をかいたり。

子どもの頃にちょっとだけまちがえたこと、ちょっとだけ不手際があったことなど、完璧じゃなかったせいで、すごく嫌な、つらい、自分を否定されるような経験をした。

そんな人がまちがった完璧主義に陥りやすいと言われている。

「そうだ! 私もそうだった!」と思った人、多いんじゃないだろうか。

じゃあその完璧主義を直すにはどうしたらいいのか。

それには「そうだ! 私もそうだった! 原因はあれか〜! くっそ〜飯田(担任の名前)め〜!」と気づくだけでいい。

これから先「上手い絵を描かなきゃ描く意味ない……」と思ってしまったときに、「あ、この考えは小4のときの担任に植え付けられた、まちがった考え方だった。くっそ〜飯田(担任の名前)め〜! ふう……あやうくまた騙されるとこだったわ!」と思考を切り替える。

自分の無意識の思考のクセに気づくだけでも、「よくわかんないけどつらい」というつらい状況に陥りにくくなる。

※あまりにもつらい思い出の場合は記憶にフタをしてしまっていることもあるので、整理するのに時間がかかることもあるかも。そういうときは無理にこじ開けず、ゆっくりと取り組んでみてほしい。

まちがった完璧主義は、自分の限界を知ることで抜け出せることも

また、これは脳筋的な解決法になるけど、"限界までやってみて自分の限界を知ってみる"のもおすすめ。

例えば為末大さんは、「短距離競技だと選手の層が厚すぎて、自分はこれより上にはいけない」という限界を知り、ハードルへ転向してメダルを獲得した。

しかしまちがった完璧主義の人は「自分は短距離も本気出せばメダルを取れるけど、今は本気出してないだけ」と言って大会に出ない。

まずはそこで限界までやってみてコテンパンに負けなければ、活路は見えてこないのにだ。

絵も自分の描ける限界まで描いてみて、「やっぱどうしても色塗りが不得意だわ。努力してもそれに見合った効果が出ない」となれば「じゃあ得意なモノクロを伸ばそう」「一枚絵じゃなくマンガを描いてみよう」と努力の方法が見えてくるはず。

絵を描く以外にもつらいことがあるのでは?

「絵が下手すぎてつらい」とSNSで言っている人をよく見かけるけど、そういうまちがった完璧主義を抱えていると、たぶん絵以外でも生きづらいんじゃないかな、と思ってこの記事を書いた。

自分もこのまちがった完璧主義に振り回されてきて、だいぶ生きづらかったので。

でもつらくなるたび「飯田(担任の名前)め〜! あいつのせいでまちがった完璧主義に陥ってしまっていたぞ! ふう……あぶないあぶない」と唱える『飯田メソッド』をするようになってから、じわじわと解放されてきている。

今現在進行形で親が完璧主義を押し付けてくる場合も「この〜、お母さんめ! 我が子を生きづらくさせようってか!? さては毒親ちゃんだな?」と心の中で唱えて、言うことを真に受けすぎないこと。

せっかくの趣味なのに、ただの趣味なのに、「自分の絵が下手すぎてつらい」とか「下手だから描く意味ない」とか、そんなふうに考えちゃうのは全然楽しくない。

でもそのつらさは、自分の間違った思考のクセに気付くきっかけになったはず。

認知の歪み、まちがった完璧主義に気付いて、絵だけじゃなく人生全般が楽になってほしいと思う。

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