「私が絵を描く意味ってあるのかな…」←意味なんてなくてよくない?

「Twitterにもpixivにも上手い人がいっぱいいるし、私が絵を描く意味ってあるのかな……」

と思ってしまっている人向け【意味なんてなくてよくない? 評価されないとか上達しないとかの悩みを、意味があるとかないとかにすり替えちゃってるんじゃない?】ということについて。

「もうすでにまわりに上手い人がいっぱいいて、私が絵を描く意味ってあるのかな」って思ったこと、みなさん一度や二度はあるんじゃないかなと思う。

これは自分の経験から感じることなんだけど、「絵を描く意味とは……」とか内側へ気持ちが向いてしまうのって、何かしら上手くいってないときが多い。

絵を描くのって労力も気力も消費するし、時間もかかるし、なのに"何も報われてない"と思ってしまうとき、"私が絵を描く意味ってあるのかなモード"になってしまってた気がする。私の場合はそうでした。

もし「私も似たような感じかも……」と思った人は、この"報われてないモード"から抜け出すための考え方についてまとめてみたので、参考になるところだけ読んでみてほしい。

「私が絵を描く意味ってあるのかな…」←意味なんてなくてよくない?

少なくとも私の場合はだけど、"がんばってるわりに報われてない"と感じるときに「私が絵を描く意味なんてない」と思ってしまっていた。

でもそれって、「絵を描く意味とは?」とか「絵なんか描いても意味がない」とか抽象的な言葉で高尚なお悩みみたいにしてただけで、要するに本心は「もっと報われたい!!!」だったわけで。

"じゃあ自分はどうなったら意味があると思えるのか"

"どうなったら「報われた」と思えるのか"

現実的に考えなければ、いつまでたっても「私が絵を描く意味なんてないよね……つらい……」な生ぬるい自己憐憫に首まで浸かって、出られなくなってしまう。

「私は下手だし絵を描く意味なんてないよね……」は「はあブスでつらい……生きてる意味ないよね……」と同じ、現実逃避でしかない。

こういう自虐的な現実逃避って、つらくてちょっと気持ちいいんだよね。(私だけ?)

だからこそとっとと抜け出さないと、めっちゃ時間をドブに捨てることになる。

がんばったわりに評価されないから描いても意味がない

「がんばって描いても評価されないから、私が絵を描く意味なんてない……」な場合。

半日かけて描いた絵にいいねが3つ、とか。

「10時間かけていいねが3つですか? 時給0.3いいねですか? もうそれ意味ないよね?」みたいなふうに感じてしまう場合。

こういうお悩みに対してよく言われるのが「がんばりと評価は別だよ」とか、「評価のために描くのはやめるべき」みたいなことだけど、私そういうきれいごと大っ嫌いなんだよね。

がんばったらそれなりに評価されたいに決まってるし、評価を求めて何が悪いんだって思う。「現実的な答えをくれよ!」って思う。

そこで私がたどり着いた一つの答えが、愛の濃いTLを作ること。

いいねが思うようにつかないのって、上手い下手とか交流とかいろいろあるけど、正直なところ最大のポイントはTLの愛の濃さだと思う。

ハムスター好きクラスタの中でネコの絵を描いてもいいねはつかないけど、ネコ好きクラスタの中でネコを描けばそれほど上手くなくても"ネコ好きフィルター"によっていいねがつくシステム。

自分の描くものに応じてフォロワーさんを集めていくことで好意的に評価されやすくなり(これは数字にも如実に現れるよ)、愛の濃さに満たされやすくなる。

詳しいことは何度か別記事で書いている。

愛の濃いフォロワーさんに求められて、見てもらって、自分はがんばって描いて、いいねをもらう。

これってもっとも絵を描く意味を実感しやすい環境なんじゃないかな。

がんばっても上手くならないから描いても意味がない

「がんばって練習してるのに上手くならないから、絵を描く意味がない……」な場合。

"なんでもそこそこ極めるためには10000時間かかる説"を知って、「私のような若輩者が早々に結果を求めてすみませんでした」ってなった。

「がんばってるのに全然絵が上手くならない……」じゃなくて「まだ10000時間やってないし当たり前かぁ〜」。

あとは、"手っ取り早く上手いっぽく見える方法"を試してみるのも、モチベーションを上げるにはおすすめかと思う。

センスがないから、才能がないから描いても意味がない

あと「才能がない・センスがないから描く意味ない」の場合。

自分よりめちゃくちゃ若くてすでに絵が上手いとか、どう逆立ちしてもセンスかなわないなとか、そういうときって「私が絵を描く意味なんてないのでは……」となる。分かりすぎる。体から力が抜けていくよね……。

でも絵を描くのに才能もセンスも関係ない。

絵を描くのに必要な才能がもしあるとすれば「なんだかんだで描き続けることができる」ということのみだし、センスは誰だって磨くことができる。

意味なんてなくてよくない?

幼稚園のときに「絵を描く意味って……」なんて考えなかったと思う。

楽しいからとか、描きたいからとか、お外で遊ぶのいやだからとか、そんな理由で絵を描いていたはず。

大人になったって、そんな理由で絵を描けばよくない?

と私は思うんだけど、どうだろうか。

でもどうしてもそこに「評価されて自尊心を満足させたい」「上達して達成感を味わいたい」という欲求が加わってくるから、それはそれで別途上に書いてきたような手段で満足させてあげつつも。

根本に「描きたいから描く」「楽しいから描く」「暇つぶしに描く」の幼稚園児だった頃のスピリットを持ち続けることが、なんだかんだで描き続けていく秘訣なんだと思うのだ。

「評価されたい」「上達したい」に全部乗っ取られてしまっては、描き続けることも難しくなってしまうので。

タイトルとURLをコピーしました