
「どうして絵師ってめんどくさい人やかまってちゃんが多いの?」
と疑問に思っている人向け、【絵師にかまってちゃんが多い、のではなくて、かまってちゃんが絵師になりたがるんじゃないか説】について。
「絵が上手いですねと褒めたら『素人に褒められても嬉しくない』とエアリプされた、絵師ってめんどくさい!」とか「あの人いつも『私の絵が好きな人RT』みたいなタグつけてる。絵師ってなんでかまってちゃんばっかりなの?なんて声をたまに目にする。
かまってちゃん絵師に関わってしまったときの対処法についてはこちらの記事に書いた。
絵師と言ってもピンキリなので一概には言えないけど、たしかに「私の絵を見て、そして褒めて」という圧を放っている人って多い。
でもそれ、"絵師にかまってちゃんが多い"のではなくて、"かまってちゃんが絵師になりたがる"のではないか? と自分は感じているので、それについて書こうと思う。
逆に、「自分もかまってちゃんの要素があるかも……」と感じている人もいるかもしれない。
そういう人も、大丈夫。気付くことで改善することができる。
まず、かまってちゃんの定義とは
ここで言うかまってちゃんとは、こんな定義。
- 自己肯定感が低く劣等感が強くて、自分が嫌い
- でも他人には自分を好きになってほしい、褒めてほしい
つまり「自分の絵って下手ですよね……でも見てほしい、上手いって言ってほしい」という人のこと。
自分で自分の絵を「下手だから嫌い」と思っているのに、他人には「上手い」「好き」と言ってほしい。
こうして書くと、矛盾しているというか、「むちゃくちゃ言うなあ……」という気がすると思う。
でもそういう絵師って、まわりにたくさんいるんじゃないだろうか。
かく言う自分も過去にそうだった。
かまってちゃん絵師爆誕の経緯(推察)
"劣等感が強くて、取り柄のない自分のことが嫌い。"
でもそれだと自分は生存意義を失ってしまい、生命の危機におちいる。
そこで脳が「それはヤバい。自分が生きていてもいい理由を見つけなければ!」と考えて、他人に「あなたはすごい、あなたのことが好きです」と言わせようとする。
自分で埋められない穴を、他人に埋めさせようとするわけだ。
しかし「すごい! 好き!」と言ってもらうには、やっぱり何かそれっぽい理由がなければならない。
えーとえーと、何かないかな、と身の回りを探した結果、「そうだ! 絵なら幼稚園から描いてるし、上手いねって褒められた記憶があるぞ!」と思いつくのである。
お絵描きって、どこの幼稚園でもクレヨンなりクーピーペンシルなりを買わされて、必ずやらされる。
そして巧拙関係なく、大人たちから「よく描けましたね」と褒められる。
褒められてチヤホヤされた、最初で最後の記憶。
「そうだ、絵を描こう! そうすれば誰かが褒めてくれて、私のかわりに私を肯定してくれるはず! 私に存在意義を与えてくれるはず! これだ!」
かまってちゃん絵師の爆誕である。
※ちなみに、幼稚園のときにお絵描きに親しんでこなかった人の場合は自撮りをして「ブスでつらい……」をやるパターンが多い。
自分を褒めてもらう理由を探すときに、幼稚園のとき「◯◯ちゃんはかわいいね」と無条件で肯定された記憶が蘇るのだと思う。
かまってちゃん絵師のままだとつらいよ
もちろん、「最初は他人の注目を集めたくて描き始めたけど、どんどん絵の面白さにのめり込んで上手くなった、プロになった、今は自信を持って描いてるよ!」という人だってたくさんいる。
ミュージシャンとか芸人だって、「最初はモテるために始めたけど、今はプロでがんばってます」なんてケースも多い。
コンプレックスをきっかけに自分の道を切り開いたパターンだ。
でもそこまで至れないで「誰か私の絵を上手いって言って。私のことを肯定して。私が生きてていい理由をちょうだい」と他人のいいねを気にしながらたいして好きでもない絵を描くというのは……とてもしんどい。
「いいねがつかなくてつらい」という人の中には、「あ、私もこれだ……」と感じた人がいるんじゃないだろうか。
かまってちゃんしてしまう自分から抜け出すには
今思うと、自分もかつて"かまってちゃん絵師"だった。
そこから抜け出した理由はなんだったんだろうと考えてみたら、きっかけと理由はいくつかある。
お金をもらって絵を描く経験をしてみる
自分は"美大を受験したけどやっぱり怖くなって普通の大学に行った"という筋金入りの美大コンプレックス持ちだった。
だから「自分は絶対絵の仕事なんて一生できないんだ……」と思っていたんだけど、ひょんなことからデザイン系の会社に拾われ、仕事をした。
そうなるともう、とてもじゃないけど「私のデザインを見て、そして褒めて……(モジモジ)」なんて場合じゃない。
ラフを描いて、見せて、言われたように直して、見せて、また直して、見せて……。
そしてお金をもらう。
お金という有無を言わさぬ対価は、上手いだの下手だのといったうすぼんやりした概念なんかより、よっぽど確かなものだ。
これ以上にリアルに自分の存在意義を感じられる対価って、他にはない。
「褒めてほしい……私のことを肯定してほしい……」と思う人は、有償で絵を描く経験をしてみることを強く強くおすすめする。
絵の仕事なんて無理だよ……という人は、まずは『ココナラ 』や『SKIMA
』などで気軽に出品してみるといい。
実際に取引が発生しなくても、登録して出品してみるだけでも「依頼が来たらお金をもらって絵を描くんだ!」という責任感を感じ、ガラリと意識が変わると思う。
ソフトの使い方など技術を学ぶ
自分がデザインの仕事を急にやることになったとき助かったのが、Adobe IllustratorやPhotoshopを一通り使えるようになっていたこと。(同人活動で使っていたので。)
ソフトが使えるっていうのはまぎれもないスキルだ。
絵が上手いとか下手とか、不確かであやふやな基準に寄りかかるよりも「自分はAdobe製品を一通り使えるぜ!」とか「CLIP STUDIOの機能はほぼ分かっていて使いこなせる」という方が自信になるし、仕事にもそのまま全部生かせる。
自分が本当に描きたいものを見つける
自分の場合は似顔絵を描くのが楽しくて、たとえ誰かに褒められなくても、お金をとって描かなくても、一生ものの趣味だなあと思っている。
「誰かに褒めてもらうため」ではなく、描いていて自分が本当に楽しいものを見つけるとかまってちゃんを抜け出せるんじゃないだろうか。
具体的な方法についてはこちらの記事にも書いている。
「自分のことが好き」だと決める
そもそもかまってちゃんになってしまうのは"自分のことが嫌いで、他人にそれを埋め合わせてもらうため"だ。
だったら、自分のことを好きになればいい。
そうすればいいねをもらうために躍起になって絵を描く必要もないし、誰かの評価や反応を窺う必要もなくなる。
「そんなこと言っても、自分のことを好きになれたら苦労しないよ」と思うだろう。
自分のことを好きになるのは実はとても簡単で、「今、私は自分のことを好きと決めました!」と決めるだけでいい。
詳しくはこちらに書いた。
誰でもかまってちゃんになる可能性はある
絵師に限らず、誰だってかまってちゃんになる可能性はある。
「絵師ってかまってちゃんばっかでウザい」と思っている人だって、何か別の方法でかまってちゃんしちゃっているかもしれない。
かまってちゃん化は"自分の代わりに他人に肯定してもらいたい"という動機で起こる。
でも、「自分もそういうとこあるかも……」と気づけたら、もう大丈夫。
上に述べてきたようなことを試すことで、サラッと軌道修正できると思う。
かまってちゃんをやめると、それはもう、信じられないほど生きやすくなる。